2022年大寒の酒丸。

 

 2022年が明けて早くも二十日以上経ちまして…

今週は遂に「大寒」を迎えました。

1年の中で一番寒いと言われるこの時期。

案の定、史上最強の寒気団が日本列島を覆っています。

また、年が明けてからまだ間が無いのに…

色んな事が起こっていますね(汗)

コロナの変異株であるオミクロン株の大流行、

トンガでの海底火山の大噴火、

そして本日未明の日向灘での大地震…。

色々と困る。

ただ…

オミクロンに関しては「マスコミの感染者数だけでの盛り上げ方」と、

「現政権の票田へのやってる感対策」のせいで、

またしても間抜けな方向に行っていてイライラきますが。

トンガと日向灘は、ホントに心配。

これ以上大事になりませんように。

 

 私の方はというと…

やっと骨董市などが各地で再開されるようになり、

年始早々良い買い物が出来ました。

自宅用に、ボンボン時計を買ったのです!

玄関に入ると鳴っている「コチッ、コチッ」という微かな音が、

生きているようで心地良い。

時間になると「ボーン、ボーン」という音が、

まるで同居人が一人増えたみたいで楽しい。

昭和感が出た玄関、

今時っぽく言えば「エモい!」になるんだと思います。

これからが楽しみ。

 

 

 

 さて。

大寒も過ぎたので、今日は魅力的なアイテムの再入荷をお知らせ。

それはこのアイテム!

ウエスタンモックス・モンクストラップシューズ!

はあぁ、美しい…。

相変わらず素晴らしい…。

 

 

これを作る事になった動機を、今回は書いてみます。

長いので、心の準備をお願い(笑)

 

 

 1982年の夏、私は16歳の高校1年生。

この年の前年にはうちの地元の映画館で「ザ・ワンダラーズ」が上映され、

フィフティーズな文化が地方都市にもドワッと入ってきた頃。

いつも行っていた駅前の松田屋という本屋さんに、

こんな本が並びました。

「クリームソーダ物語」。

この年の春休みを利用してアルバイトし、

ちょっと小銭を貯めて東京原宿に行った私は、

この店「クリームソーダ」でカルチャーショックを受けました。

そしてその店を作った人が、なんと本まで出してる!

これは買わねば。読まねば!

 

そしてこのページに、目が釘付けになりました。

革靴なのにウエスタンな型押し!

しかも尾錠付き!

 

このページを見た瞬間、私は将来を決めました。

「館山を出て靴屋になりたい!」

「こんな靴を全世界から輸入したり、自分でデザインしたりしたい!」

 

 

 その後高校を出て就職、

1984年に某百貨店の靴売り場に配属されました。

よしよしここまでは順調、なんて考えていたのも束の間。

 

その某百貨店は自前で金貸しもやっていたんですが…

立て続けに同僚が3人も刺されちゃったのです。

回収業務中に。

中学高校時代に一冊の本で靴屋になることを決心して東京に出てきたのに、

金貸しの回収業務で刺されたら話が違う!

 

なので私はその会社を1年で退社、

大好きな靴がたくさん置かれていた、

アメリカンアンティークを売る店にバイトとして入りました。

それが渋谷のオキドキという店。

その店のメインはフィフティーズのラジオやランプ、

バービー人形やヴィンテージコカコーラグッズ、

ティントイなどのコレクタブル、

角が丸い冷蔵庫やジュークボックス、旧車のオートバイなどの大物、

そして1960~70年代のサイケデリックなワンピースを中心とした古着でした。

その古着群の中に、デッドストックの革靴もたくさんあったのです!

 

ところが…というか当たり前ですが…

例のウエスタン型押しシューズは一向に入荷してきません。

その代わり、

蓋付きシューズや、ジップフライスリッポンなどの激レア種は、

たくさん見ることが出来ました(従業員割引でゲットもした)。

もしかしたらアメリカに行ったら、

あの幻のウエスタン型押しシューズを見つけることができるのかもしれない、と考え…

オキドキで働きながら、

夜はファミレスの厨房でフライパンを振るうというバイトの掛け持ちをし始めました。

 

その後オキドキを辞めて昼も夜も厨房に入り、

20万円というなけなしの現金を貯め、1986年に初渡米。

私はもう二十歳の終わり頃。

その後、何度もアメリカに行ってヴィンテージを集めては日本で売る、

を繰り返し…

1989年、23歳で初めての自分の店を開店させました。

 

その頃に、アメリカ南西部の片田舎で見つけたのがこの靴。

ついに発見!

全く同じ!

この感動ったら無い!

ところが唯一の誤算は…

このデザインには、子供サイズしかなかったのです。

 

またその後、こんなデザインにも出会いました。

同じウエスタンバックルながら型押し違い、

先端のトゥも、少し四角張ってる!

そしてバックル位置がセンター!

しかもダブルコバ!

 

なので自分で作る事を決意し、上記のモノが完成したのです。

だから、

クリームソーダ物語に出てくる靴とは「バックルの位置が違う」のであり、

先端のトゥも少し四角張っていて、

しかも「ダブルコバ」なのです。

このダブルコバという一つのパーツを作るのも、

びっくりするほど大変だったんですが…

それはまたいつか書きたいと思います。

 

 

 そんな多感な十代の頃からの憧れの靴が、これなのです。

ブラックと…

ワイン。

(今回のこの靴から、レザーソールから合成皮革ソールに変更になりました。

当時のモノに更に近づいた事になります。あしからずご了承を。)

 

 

 この靴を初めて作ってから、おそらくもう20年以上が経過。

そして先日、こんな事がありました。

大阪店で二十歳の若者がこの靴を購入してくれたようです。

なんでもその若者のお父さんが、

同じ靴をドライボーンズで買って履いてくれているとの事。

これって、泣きそうなくらいすごい話。

 

 

 

 この「クリームソーダ物語」の、

デザインワークを担当したのはイラストレーターの中山泰さん。

私の心の師匠になったのは、言うまでもありません。

正式に知り合ってからは何度も食事や飲み会に誘ってくれて、

自身のコレクションも数多く引き継がせていただきました。

 

 

 今年、私は56歳になりました。

と言うことは、この本でカルチャーショックを受けてから40年が経過。

その後、アメリカンフィフティーズという文化を知り(溺れ:汗)

靴を作る、店を作るという「作り手になる」という歴史的文化を背負い

アメリカに渡りヴィンテージを集めては分析するという「考古学の真似事」もやるようになり、

そして今は「次の世代に文化を引き継ぐ」という事も、

やり始めている事になります。

 

 

 色んな天変地異やパンデミックも起こるけど…

それでも時は繋がっていきます。

今週は大寒、後輩がこんな魚を持ってきてくれたので自分で炙りました。

そう、鰆です。

魚編に春と書いて鰆。

もうすぐ春。

次は立春で会いましょう。