2021睦月の酒丸。

 

 明けましておめでとうございます(今年も遅い)。

本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

 

2021年は「丑年(=うしどし)」。

牛にもいろんな種類があるんですなぁ。

日本語だと基本的には「牛」ですが…

英語だとブル、カウ、カーフ、オックス…バッファローも牛の一種。

古来から牛と共生してきたヨーロッパの文化圏の方が、

牛に関しては奥行きがありますね。

実に興味深くて面白い。

牛については、有名な詩をブログの終わりの方に記してみました。

読んでみてください。

 

 

さて、ワタクシ酒丸自身の近況は?というと…

実は2月に自宅を引っ越す予定で、その準備におおわらわ。

世田谷で長年住んでいたマンションを引き払い、実家をリフォームしてソコに住む事に。

この事自体は数年前からなんとなく考えてはいた事なんだけど…

実家に残していた母の件や、2019年の台風罹災の件もあり、ずっと延び延びに。

ところが、母の入院療養や台風罹災からの修理が進んだこともあり、

2020年の夏から一気に進行させておりました。

ひと通り大工さんにやってもらう仕事も年内に片付き、

これからは細々した修理や整理、掃除などを経て一気に引っ越しをしようと考えております。

 

その際、実家で両親が作っていた神棚を、掃除して棚板も綺麗にしてから設置する事にしました。

基本的に神棚とは、その家の北東の方角に設置する事が決まりとなっているらしい。

北東とはすなわち「鬼門」

うちの実家でも、私が物心ついた頃から北東に安置されておりました。

江戸を開いた徳川家康も、江戸城から北東に当たる日光に東照宮を建てました。

鬼門に当たる方角に神社(神棚)を置く事で鬼が入ってこない様にする、という陰陽道に基いた言い伝え。

ならば我が家も、家康公に倣って北東方向にある神棚に日光東照宮っぽいモノを。

 

なので…ジャーン。

近づいてみる。

眠り猫!

もうかなり前に骨董市で見つけ、そのまま使わずに取っておいたモノ。

こんなところで役に立つとは。

随分賑やかな神棚になりました。

 

 

そんな自宅リフォームの話はこの先おいおいしていくとして…

 

今回紹介したいジャケットの説明をしていきます!

 

そのジャケットとは、こちら!

ショールカラー・ノーフォークジャケット!

 

まずは「ノーフォーク」の説明から。

ノーフォークジャケットとは…

数多くある「スポーツジャケット」の一種で、主に「狩猟」用に着られたアイテム。

そもそも「ジャケット」とはアウターの一種であり、スーツの上着なんだけども…

その中でも「スポーツジャケット」という19世紀ごろから出てきた種類は、

英国貴族のお召し物から発生してきた。

ノーフォークジャケットの他にも、ハッキングジャケット(乗馬用)、シューティングジャケット(狩猟用)、

ハンティングジャケット(狩猟用)…

この様に「馬に乗って広大な大地を駆け巡る」時のスポーツ用ジャケットとして進化していった。

 

特にこのノーフォークジャケットは特殊で…

東イングランドのノーフォーク地方の男性達が着ていたワークウエアが源。

それを第十五代ノーフォーク公爵であるヘンリー・フィッツアラン・ハワード公がモディファイして、

狩猟用に着こなす様になって広まりました。

 

十九世紀後半には狩猟だけでは無く、

乗馬やゴルフ、自転車などのスポーツ時にも着られる様になりました(イラスト一番左の人)。

 

更に1920年代のアメリカでは「最もファッショナブルなスポーツジャケット」として、

多くの伊達男に愛されてきました。

デザインの特徴としては…

前身頃から後ろ身頃にかけて繋がる帯状の補強布。

これはバッグや銃などを肩掛けする際の補強だと言われています。

また、その帯と交差する様に付くベルト。

これがあるおかげでウエスト部分が安定し、冷気の遮断にもなります。

 

 

そして次に「ショールカラー」の説明。

ショールカラーとは室内用のスモーキングジャケットの襟型が源で、

その名の如くショールを首からかけている様に見える襟型のこと。

1920年代のアメリカで大流行し、一世を風靡しました。

その後、シビリアン・ミリタリー・クロージング(民間軍用服)にも多く採用。

 

そして更に1920年代後半に、劇的な出会いがありました。

アメリカでシビリアンクローズとして流行していたショールカラーと、

イギリスでスポーツジャケットとして流行していたノーフォークジャケットが、

相思相愛で結ばれたのです。

質実剛健をモットーとするアメリカの軍物と、エレガントを売りにする英国貴族発祥のスポーツウエア。

 

ところが、1929年10月24日に始まった世界大恐慌(ブラックチューズディ)で、

この相思相愛の大恋愛は儚く終わりを迎えます。

 

アメリカは経済を復興させる為に着々と戦争の準備に入り、国民には我慢を強いていきます。

イギリスは大英帝国としての没落に加え、ナチスの脅威に晒される事に。

アメリカでは軍備が整理整頓され、

ミルスペックが基本的採用条件となった事でシビリアンモデルはただのカジュアルウエアに。

そうなると生地を多く使うショールカラーやノーフォークは最初に却下。

 

画して、世にも素晴らしい出会いだった「ショールカラー・ノーフォークジャケット」は世の中から姿を消し、

ヴィンテージの世界に細々と伝承されるだけの存在になっていってしまいました。

 

 

なので、満を辞してドライボーンズにて復刻!

ショールカラー・ノーフォークジャケット!

ブラック地と、

ワイン地の2色展開。

 

背面のスタイルはこんな感じ。

 

風が強くて寒い日には、こんな風にショールカラーで首元を覆う。

もっと寒い日はスタンドカラーにする事で襟足まですっぽり覆える!

 

 

奇しくも!

ドライボーンズ各直営店では、現在NEW YEAR SALEを開催中!

この悲恋のジャケットはセール品にはなっていませんが…

たくさんのアイテムが、サイズ欠けや色欠けで泣く泣くセールプライスに!

詳しくは店頭にてご確認を!

セールは、この週末+成人の日の1/9、10、11まで!

 

 

そして。

もう毎回の恒例となってきた、コロナ禍について。

とりあえず最新のデータを貼り付けておきます。

先月と同様、日本のコロナ陽性者数はほぼ横這い。

「地を這う様な折れ線グラフ」です。

1番感染者の多いアメリカとは2桁も違います。

これは先に挙げたショールカラーノーフォークジャケット¥49,940が、¥4,994,000になってしまうと言う事。

それくらい恐ろしい(意味不明)。

1都3県に緊急事態宣言は出ましたが…私は政治屋とマスコミの出来レースだと思っています。

数値を正しく捉え、マスコミの扇状的な報道(広告)に騙されない様にしましょう。

 

 

今年は丑年。

ドライボーンズでは、靴に牛がついていたりしました。

 

なので、「牛の歩き方」について高村光太郎が書いた詩を記しておきます。

 

牛はのろのろと歩く

牛は野でも山でも道でも川でも

自分の行きたいところへは

まっすぐに行く

牛はただでは飛ばない、ただでは躍らない

がちり、がちりと

牛は砂を堀り土を掘り石をはねとばし

やっぱり牛はのろのろと歩く

牛は急ぐ事をしない

牛は力一ぱいに地面を頼って行く

自分を載せている自然の力を信じきって行く

ひと足、ひと足、牛は自分の道を味わって行く

ふみ出す足は必然だ

うわの空の事でない

是でも非でも

出さないではいられない足を出す

牛だ

出したが最後

牛は後へはかえらない

足が地面へめり込んでもかえらない

そしてやっぱり牛はのろのろと歩く

牛はがむしゃらではない

けれどもかなりがむしゃらだ

邪魔なものは二本の角にひっかける

牛は非道をしない

牛はただ為たい事をする

自然に為たくなる事をする

牛は判断をしない

けれども牛は正直だ

牛は為たくなって為た事に後悔をしない

牛の為た事は牛の自身を強くする

それでもやっぱり牛はのろのろと歩く

どこまでも歩く

自然を信じ切って

自然に身を任して

がちり、がちりと自然につっ込み食い込んで

遅れても、先になっても

自分の道を自分で行く

雲にものらない

雨をも呼ばない

水の上をも泳がない

堅い大地に蹄をつけて

牛は平凡な大地を行く

やくざな架空の地面にだまされない

ひとをうらやましいとも思わない

牛は自分の孤独をちゃんと知っている

牛は食べたものを又食べながら

じっと淋しさをふんごたえ

さらに深く、さらに大きい孤独の中にはいって行く

牛はもうとないて

その時自然によびかける

自然はやっぱりもうとこたえる

牛はそれにあやされる

そしてやっぱり牛はのろのろと歩く

牛は馬鹿に大まかで、かなり無器用だ

思い立ってもやるまでが大変だ

やりはじめてもきびきびとは行かない

けれども牛は馬鹿に敏感だ

三里さきのけだものの声をききわける

最善最美を直覚する

未来を明らかに予感する

見よ

牛の眼は叡知にかがやく

その眼は自然の形と魂とを一緒に見ぬく

形のおもちゃを喜ばない

魂の影に魅せられない

うるおいのあるやさしい牛の眼

まつ毛の長い黒眼がちの牛の眼

永遠を日常によび生かす牛の眼

牛の眼は聖者の眼だ

牛は自然をその通りにぢっと見る

見つめる

きょろきょろときょろつかない

眼に角も立てない

牛が自然を見る事は自然が牛を見る事だ

外を見ると一緒に内が見え

内を見ると一緒に外が見える

これは牛にとっての努力じゃない

牛にとっての当然だ

そしてやっぱり牛はのろのろと歩く

牛は随分強情だ

けれどもむやみとは争わない

争はなければならない時しか争わない

ふだんはすべてをただ聞いている

そして自分の仕事をしている

生命をくだいて力を出す

牛の力は強い

しかし牛の力は潜力だ

弾機ではない

ねじだ

阪に車を引き上げるねじの力だ

牛が邪魔者をつっかけてはねとばす時は

きれ離れのいい手際だが

牛の力はねばりっこい

邪悪な闘牛者の卑劣な刃にかかる時でも

十本二十本の槍を総身に立てられて

よろけながらもつっかける

つっかける

牛の力はかうも悲壮だ

牛の力ははうも偉大だ

それでもやっぱり牛はのろのろと歩く

何処までも歩く

歩きながら草を食ふ

大地から生えてゐる草を食ふ

そして大きな体を肥やす

利口で優しい眼と

なつこい舌と

かたい爪と

厳粛な二本の角と

愛情に満ちた鳴き声と

すばらしい筋肉と

正直な涎を持った大きな牛

牛はのろのろと歩く

牛は大地をふみしめて歩く

牛は平凡な大地を歩く