2020長月の酒丸、その2。

 九月。

長月二回目の登場となりました、酒丸です。

このシルバーウィークを越してから、一気に涼しくなりましたね。

過ごし易い。

 

が、台風が増えてくるのが怖いです。

 

特に私達千葉県南生まれにとっては、2019年9月9日の台風はトラウマになってしまっており…。

 

ちょっとその事について、ここで書かせてください。

 

 

 2019年9月初旬。

飲み友達十数人と共に、千葉県館山市の「沖ノ島」という観光スポットに遊びに行った。

私が幼い頃から遊びに行っていた島で、磯遊びが楽しい!

 

近年は温暖化が進んだからなのか、それとも色んな道具が良くなったからからなのか…

熱帯魚がたくさん、見られる!

ルリスズメだったり…

クマノミだったり。

 

そんな磯遊びを満喫した後、私の実家に皆が集まってのBBQ。

後輩からサザエの差し入れがあったりして、スーパー楽しい。

ところが、天気が急変。

BBQが台無しになる程の豪雨になってしまい、途中で切り上げて東京に戻った。

 

 

そして9月8日。

超巨大化した台風15号が、ジワジワと千葉県に近付いてきた。

我々千葉県南に住んでいる人達は、先人から言われていたことがある。

「東京湾を駆け上がる台風には気を付けろ」

 

東京湾を駆け上がる台風になる、という事は …

我々の地元はこの地図で言うと台風の右側になる、という事。

こうなると太平洋の湿った空気を巻き上げながらの北上になるので、物凄い雨風になるのだ。

 

案の定、経験した事が無いほどの雨と風!

 

しかもこの時間帯(夜中の2時前後)、おそらく館山最南端の布良漁港辺りで竜巻が発生。

この竜巻は布良から西岬、館山、南無谷、岩井袋と次々に襲い、各集落を壊滅的にしていった。

 

 

この夜が明けて…

千葉県はこんな状況。

東京湾沿いの集落はことごとく停電。

電柱が折れ、高圧電線が倒れ、電線が切れまくった。

 

数日間の停電は当たり前、中には復旧まで2週間以上かかった地域もあった。

 

私は台風が去って館山道が開通して、すぐに帰省した。

すると…

実家の庭はこんな事になってた。

大き目の植木鉢も倒れ、どこの家の物かもわからない鉄板などの大物が無数に飛んできていた。

近所の家からたくさんの瓦がふっ飛んできて、実家の屋根にも着弾。

何十カ所もトタン屋根に穴が空いてしまった。

この穴から雨水が天井裏に通り、各部屋はシミだらけでビショビショ。

とりあえず屋根に登って防水テープで応急処置。

 

 

市内のパトロールに向かった。

 

実家から徒歩数分のガソリンスタンド。

屋根の支柱が風で折られ、ポンプに直撃。

 

市内の見晴らしの良い場所にある墓地。

墓石がたくさん、倒されていた。

割れちゃっていて、ご先祖様にも申し訳ない。

 

寿司屋。

二階の客間が屋根ごと持っていかれてる。

その後、この場所は更地になっちゃった。

 

そんな現状を見て…

地元の役所勤めの同級生とも話し、

まずは屋根の応急処置に使うブルーシートなどを知り合いから送ってもらう事にした。

 

早速SNSを使って告知。

多くの友人知人から、たくさんのブルーシートを送ってもらった。

その際は、本当にありがとうございました。

 

 

画して千葉県内の多くの住宅は、ブルーシートで覆われた被災地と化した。

その数、実に80,000棟以上。

台風直後は、多くのマスコミが押し寄せて被害を報道。

だからこそブルーシートが集まったという事実もあるだろう。

 

ところがその一カ月後の台風19号で話題は長野や福島に移ってしまい、

千葉県はほとんど報道されなくなってしまった。

報道が無い=もう復興した、ではないのに。

 

80,000棟以上が被災してしまっているのに、

大工さんや瓦屋さんなど修理が出来る専門職の人達は数百軒、

到底足りる訳が無い。

 

次に私は、店で集めた募金を一番有効に使ってくれる団体を見つけ出してどんどん送金していった。

それが房総復興ブースターだ。

募金で集まった現金で千葉県以外からの職人さん達を集め、

交通費と宿泊費を負担して仕事をしてもらうという画期的なシステムだった。

 

この団体は200万円以上の集金をして、約300軒近い修繕を行った。

素晴らしい機動力。

 

その頃、うちの実家にもやっと役所から検分の人が来てくれた。

被害状況をチェックし、補助金へと繋げてもらう大切な行事。

台風被害から約2カ月くらい経った11月初旬だった。

内心「遅い!」とは思っていたけれど…

ウチの実家はこの時点では無人、人が住んでいる家を優先した方が良いに決まってる。

 

ところが…

検分が11月の初旬で、罹災ゴミの受付終了が11月下旬という連絡があった。

おいおい、そりゃ無いだろ!

検分されなきゃ補助金の出方が判らないから部屋の中がカビだらけになっても待っていたのに、

修繕の業者も決められない(圧倒的な不足)ウチにゴミの持ち込みも受けてくれないなんて。

きっとたくさんのブルーシートも行き場を失うだろう、と思っていた。

 

 

年が明けて2020年の正月。

やっと屋根の修理を受けてくれる業者が見つかった。

後輩の会社を通して、板金屋さんを手配出来た。

 

ところが。

1月から始まったコロナ禍で、千葉県内の工事が次々に遅れ出した。

業者が遠方から来られない事態がアチコチで発生、

4月の緊急事態宣言で工事そのものがほぼストップしてしまった。

 

ウチの屋根は…「なんとか4月中には」という話が、5月中になり。

6月中になり、7月中になった。

そして7月の最終週、やっと修理完了!

業者の皆さん、そして後輩の会社、ありがとう!

新品のトタン屋根、嬉しいよ!

 

屋根が新しくなったので、やっと室内の修繕も始められる。

コロナの影響もあってウチの会社もリモートワークが発達させてきたので、

追々は館山に住めるように、自分でリフォームしていこう、と考えた。

 

だからこそ気になった、罹災ゴミの出し方。

調べてみると…なんと今年の11月30日で手数料の減免終了。

あと二カ月しか無い(汗)

自治体は…

80,000棟の罹災だったり、

大工の圧倒的不足だったり、

コロナの影響による人の移動規制だったり…全く考慮してくれない。

 

当然、あの時私が友人・知人から送ってもらったブルーシートについても同じ。

それを思うと胸が痛い。

 

そうしたら…こんな告知が出てきた。

私の予想では…クレームも多かったんだと思う。

本来の平常時ならばブルーシートは建築資材、

ただの家庭用ゴミとは分けなきゃいけないから処理も高額なのだ。

そんな最中、たまたま知り合いの知り合いが、

使い終わったブルーシートでバッグを作ってる!との情報が。

 

これに乗らない手はない、と思い、直接連絡を取って仕入れの交渉。

無事に入荷となった。

まずはランドリーバッグ。

すごく大きい。

口の幅が90センチ近く、深さは50センチ以上。

かなりな量の洗濯物が入ります。

 

そしてこんな風にネームが付いている。

この「SUN&RICE」さんが、このバッグを企画製造販売している団体。

プリントネームには…

「UNTIL ALL THE BLUESHEETS ON OUR ROOFS BECOME BLUE SKY…AGAIN」

簡単に訳すと…

「私達の屋根の全てのブルーシートが、再びブルースカイになるまで」みたいな感じ。

正に私の想いと一致。

 

なので「相乗り」させてもらう事にして、ドライボーンズネームも付けてもらった。

トートバッグもあり。

内側もチェック。

#3000のしっかりしたブルーシートなので、裁断後のロックミシンも不要。

しっかり縫われてます!

 

但し、あくまで屋根の補修で使われていたブルーシート。

ところどころに破れや汚れもあるかもしれません。

それはそれで

「ちょっと転んで擦り傷がついちゃった利かん坊」

くらいに愛おしく思っておいてください。

ランドリーバッグは¥4,500+消費税、

トートバッグは¥2,700+消費税。

SUN&RICEさんより割高にはなりますが、ドライボーンズ直営店舗のみで販売します。

オンラインショップにも並びません(商品の性格上)。

 

 

 

ウチの田舎の80,000棟の家々からブルーシートが無くなり、ブルースカイになります様に。