古きを訪ねて新しきを作り、次世代に繋ぐ。その41

 

もうすっかり「師走」ですな…。

超忙しい(汗)

あ、酒丸です。

 

そんな最中、私は先週都内の月島デビュー。

そう、東京に越して来て早36年、初の月島

月島といえば「もんじゃ」の街

月島に詳しい友人と共に、洒落たもんじゃ屋さんに行って来ました。

もんじゃといえば定番は「餅と明太子」らしいのですが、

何せデビューなのでNO情報。

とっても美味しそげな「マグロのトロ大盛り」を頼んでみました。

物凄く、ゴージャス。

庶民的な食べ物である「もんじゃっぽさ」が、皆無。

友人が土手を作って焼いてくれました。

周りにあるマグロが、もう既に高級な焼肉状態。

焼けてきたら、海苔をかけていただく。

バカみたいに美味い

 

皆さんも、もし月島に行くことがあったら色々とトライしてみてください。

すごくたくさんのバリエーションがありました。

 

 

 

さて。

 

たまには私のフィフティーズなコレクションも交えてのお話でも。

 

色々なアイテムをコレクションをしている私ですが… 

最近は店に並べて放出することも増えてきました

心境の変化、

というより「置き場所が無いのに新たに買っているから」という事実(汗)

 

そんな中でも、あまり手放していないシリーズが、2フェイスアイテム。

そう、こんな感じのヤツです。

これはドライボーンズのオリジナルで、型を作ってシルバーで復刻させたもの。

全く同じ物を、もう30年以上前にアメリカで見つけたのでした。

 

この2フェイスというモティーフ、

意外と知らない人も増えてきたので、改めてここで復習。

 

 

 

このモティーフは見ての通り「仮面」で、主に演劇用に使われていました。

 

2フェイスとは俗称で、

ホントのアメリカでの名前は「COMEDY AND TRAGEDY」

喜劇と悲劇、という意味。

ちょっと通な人は「泣き笑い」といったりします。

 

演劇の創世紀であった二千年以上前に、

一人の役者が何人もの役をこなす為に生まれた小道具。

それが発展して、この2フェイスは演劇を表すシンボルとなりました。

その後の十五世紀頃、

イタリアでハーレクイン(道化師=ピエロ)演劇が流行し、

二十世紀の映画の流行に至るまで、

2ファイスは大衆娯楽の代名詞となっていたのです。

 

そして時は流れて1910年。

ガストン・ルルーが「オペラ座の怪人」という小説を書きます。

この小説はその後様々な演劇や映画となり、

この仮面も有名になります。

その後、1950年代にこの小説もリバイバルし、

先だってのハーレクインモティーフと共にアメリカで大流行しました。

 

例えば、こんな陶器のキャンディボックス。

陶器の四角い深皿に同型の蓋が逆さに付きます。

その蓋の角には2フェイス。

そして両辺には演劇の緞帳があしらわれています。

 

同じく陶器素材のテレビランプ。

1950年代は箱型のテレビだったので、

その上がちょうど良いディスプレイ台として利用されました。

裏側に電球が付き、上や穴から光がこぼれます。

濃いグリーン地にゴールドの配色が、妖しい。

 

スタンド型の花瓶。

モティーフは巨大な仮面を持つ中国人。

ピンクにゴールド&ブラックという王道の配色。

 

そして私のいちばんのお気に入りは…

かなりアトミックにデフォルメされた2フェイスのテレビランプ。

しかもピンク&ゴールド!

 

なぜお気に入りかというと…

1981年に発売されたブルータス

「50年代スタイルの過激な古さが新しい」という特集の中、

L.A.のショップ「ヴァージニアズ」を取材した38ページに、

同じものが掲載されているのです!

これ、分かる人にしかわからない情報だと思うけれど…とっても大事なこと。

 

さて。

こういったコレクションを元手にアクセサリーをこれまで作ってきました。

 

前出の2フェイスシルバーリングの他にも…

同型でブラス素材のモノ

 

丸い空間の中に2フェイスがぼんやりと浮かぶフレームリング

 

その浮かんでいる2フェイスをピアスにしたモノ(これはシルバーのみ)、等々。

 

そしてこの度、こんなリングが再登場!

2フェイスの「泣き笑い」が、クルクル回るリング

実はこれ、

やはり30年ほど前にアメリカで見つけ、

古物から型を起こしたモノ

その古物は既に手放してしまっていたのですが、

工場サイドでも型を紛失してしまい、

何十年も作る事が出来なくなっていたレアアイテム。

令和元年になり、

工場から「型が見つかった!」と報告が入り、

急遽再生産に至りました。

 

 

そしてそして。

今年はアクセサリー以外にもトライ!

それがこのカーディガン

 

黒地と…

 

ワイン地。

素材はシェットランドウール

12番という太めの糸を二本撚りにした双糸で編み上げております。

デザインそのものはクラシックなレタードカーディガンながら、

着心地はかなり防寒性が高いニットジャケット

 

そして今回の目玉は、

なんといってもこの2フェイスのシニール(シニールだけの別売りもあり)

 

アップにするとこんな感じ。

2ミリ厚のオフホワイトフェルトの上に1ミリ厚のグレーフェルトを乗せ、

その2つをチェーンステッチで押さえつけつつ、

その2枚のフェルトを貫いてのサガラ刺繍。

触ると高級なエジプシャンカーペットのような分厚さ

 

そのゴツさの秘訣は、実は裏側にあります。

これが裏側。

 

これだと分かりづらいので、アップ。

この網目状の生地が裏に全面的に貼られています。

この素材は「寒冷紗」といい、

農業に関わっている人はたまに聞く素材だと思います。

食物を覆って、日差しや害虫から守る被覆素材。

この素材をアパレルでは1950年代の昔から、芯地として利用していたのです。

 

もう今の時代ではすっかり廃れてしまったけれど、

ドライボーンズは1950年代の雰囲気を出したいので毎回使用しています。

手間はかかるけれど、大切な事。

 

 

1950年代から連綿と続く2フェイスカルチャー、

是非今年は羽織ってみてください!

 

 

 

そしてここからは台風罹災話の続き。

11月30日ギリギリに、やっと市役所から罹災証明書が届きました。

なので12月の中旬、仕事をやりくりしてなんとか帰省、

「罹災証明説明会」へ。

(なのに、もう11月27日で罹災ゴミの受付は終了。意味がわからん)

(自民党の小泉セクシー進次郎氏は9月17日に千葉県南に来て「ゴミの対策をできる限り行う」といっておいてこの始末。やってる感だけ。)

ウチの実家の罹災ランクは「一部損壊・B」だった。

なので修理業者から見積もりを出してもらったら、

修理後に若干の補助金が出るらしい。

 

そしてその説明会で出された書類は、数十枚にも及んだ。

まともに読んでいたら、軽く1時間はかかる。

しかも、重複した内容が多い。

提出先がそれぞれ違うから仕方ないんだろうけど…

もうちょっと業務内容を簡略化できないものですかね?(汗)

役所という行政の魔窟を見た気がする。

 

それはともかく、圧倒的に業者が不足している千葉県南地方。

まだまだブルーシートを屋根に貼っている建物がものすごい軒数、ある。

数千〜一万軒近いだろう。

復興そのものは、まだまだこれからなのだろう。

 

そして前回のブログでも書いたように

「房総復興ブースター」を主催している相川さんと清水さんの二人にお会いして、話を聞くことができた。

募金そのものは少しづつ来ているものの、まだまだ圧倒的に足りないらしい。

11月末までの収支報告はこちら

 

業者を他方から呼んで被災地で寝泊まりできるようにして、

地元の工務店さんと組んで作業を一気に進める。

業者の手が圧倒的に足りていない現時点では、これが最善の方法のひとつ

 

ドライボーンズとしても、

引き続きこの「房総復興ブースター」を応援していこうと思っています。

 

また、今回の帰省でちょっと気になった事がありました。

 

9月の台風襲来以降、たくさんのボランティアの人達が頑張ってくれていて、

とても頼もしかった。

が、10月には19号が東日本を縦断し

その後も21号、23号が各地で大雨を降らせた。

どの地方も被災からの復興で大変なのだと思う。

 

私が気になったのは…

千葉県南の報道がすっかり減って、

その分支援やボランティアが激減してしまっているのだ。

もちろんそういった人達に頼ってばかりではいけないと思うし、

もっと国や県の支援がちゃんと整って欲しい。

 

でも、ほとんど整っていない以上、せめて「忘れないで欲しい」のだ。

似たような想いを抱いている人もいるようで…

そんな人達の有志が、フリーの冊子を作った。

千葉県台風被害体験レポート「あの日」。

各店舗で読める様にしておきました。

興味がある方は、是非手にとって読んでみてください。

この冊子の裏表紙は、私の実家方面の海岸の写真が採用されていました。

海岸線が、ゴミで埋め尽くされていたんです。

 

そして…この光景は「来年の日本のどこか」でもあると思うんです。

こういった災害は、

東日本大震災の後に熊本や新潟、北大阪、長野、道南、福島…

ありとあらゆるところで起こっています。

忘れずに、前を向いて対応していきたいと思っています。