2020 弥生の酒丸。

 今週の日曜日にも大阪店ファミリーセール告知にかこつけて、

今の日本の政策やマスメディアを批判しましたが…

本編のブログとしては一ヶ月ぶり、酒丸です。

三月、別名は「弥生(やよい)」。

弥生の「弥」の文字は「いよいよ」とか「ますます」と言う意味、

「生」は「草木が生い茂る」と言う意味で、

冬が終わって草木が大きくなっていく時期を表現しています。

そういった縁起の良い名前なので地名に用いられる事も多く、

有名なところでは東京都文京区弥生町。

そう、縄文時代の次の時代である「弥生式土器」が見つかった場所として有名。

実は私も「弥生」とは縁があって…

東京に出てきて最初に一人暮らしをした地域が、中野区弥生町でした。

近所の商店街は「川島商店街」と言う名前で、

新宿新都心が見える下町情緒あふれる場所として有名。

この商店街の一角にある貸店舗を間借りして、

数日間の催事などをやった事もありました。

ああ、懐かしい。

 さて。

今回のブログは三月と言う事もあり、

一重の羽織りモノの代表格であるジージャンについて。

特に私自身が一番好きな

「プリーテッドブラウス」

と呼ばれていたセカンド・ファーストタイプについて書いてみようかと。

まずはコレ、リーバイスのセカンドタイプ。

実際に私自身が所有しているヴィンテージ で、

手に入れたのはもう三十年近く前。

アメリカはカリフォルニア、ロサンゼルスで購入。

もうその頃は、

スリフトショップでこのレベルのヴィンテージ を手に入れるのは厳しくなってきていて…

地元のヴィンテージ ディーラーからマイサイズを分けてもらった記憶があります。

しかも、

その仕入れ道中でアリゾナまで行った際に、

スリフトショップでファーストをゲットした覚えも。

今では考えられない現象。

もうその頃には、セカンドやファーストはかなりハイプライス。

アメリカで200~500ドルくらいで買って、

日本で5万~10万円くらいの値段をつけていました。

個人的に大好きなミュージシャン、エディ・コクランも着ております。

そんなに高いジャケットだと売り辛いし、見つけ辛かったので…

いわゆる「ストア系ブランド」と呼ばれる、

当時の大手小売店や小さなメーカーがオリジナルで作った、

「セカンドっぽいデニムジャケット」をよく仕入れていました。

例えばコレ。

大手百貨店モンゴメリーワードのオリジナルブランド、

パワーハウス101のセカンドタイプ。

そう、セカンドタイプの定義とは、

前身頃に左右対になるプリーツがあり、

尚且つ左右にポケットが付くモノを言います。

ちなみにポケットが片方でバックストラップが付くと、ファーストタイプ。

このデニムジャケットレベルだと、

当時はスリフトショップで結構買えました。

この写真のブツは、

当時仕入れて売れ残り、自分のモノになったヤツ。

そしてコレ。

シアーズローバックのセカンドタイプ。

胸ポケットがヨークラインに沿ってジッパータイプになっており、

デザイン的にも個性的。

しかもジッパーが「虫出し」なのが、当時っぽくて良い。

更にコレ。

テストというブランドのセカンドタイプ。

このジャケットはプリーツがリベット留めになっていたり、

カフスがカバーオールタイプになっていたりと、見どころ満載。

一番特徴的なのは台襟で、

古臭いカバーオールをジージャンにした様な、

ちょっと捻りが効いている部分が好み。

そしてそしてコレ。

ブランド名が不明な、かなり怪しげなセカンドタイプ。

8オンスくらいのライトデニムで、

ボタンもライン22(13.9ミリ)の極小ボタン。

おそらく、当時はかなり廉価だったんだと思います。

更に更に、コレ。

もうセカンドタイプとも呼べないかもしれない、

タフナットのデニムジャケット。

タフナットは我々変態的なヴィンテージ マニアの間ではかなり有名で、

変なデザインが多い。

この形はおそらくリーの101-Jを模しているんだろうけど、

ポケット配置が変過ぎてセカンドに近付いてしまっている愛おしい存在。

他にも色々と持ってはいるんですが、今日はこの辺で。

コレくらい、私はセカンドタイプを変態的に好きなわけです。

そんな私が作る、

ドライボーンズのデニムライン「ジーン・エンジニアリング」でも、

セカンドタイプを作っています。

基本的なデザインはリーバイスのセカンド、507XXを元に。

ただし、かなり現代のシルエットに修正しています。

着丈と身幅のバランス、

袖丈やアームホールの刳りの深さ、

袖山の高さ、等々。

また、上襟と身頃の間に襟腰というパーツを増やして、

襟の落ちつきを良くしています。

コレは私物。

私が普通に春や秋に着て、何度も洗ったモノ。

ツラとしては、このブログ最初のヴィンテージ に似てきているでしょ?

襟腰とは、このパーツ。

台襟とまではいかない、後ろ側にだけ存在する中間の襟。

コレがある事で、着た時の襟の落ち着きが違う。

リーバイスのセカンドの頃には、

まだ立体裁断という概念が希薄だった為に存在していなかったパーツ。

一方、オリジナルに忠実な部分としては…

ポケットフラップ裏に使うライトオンスデニム。

1950年代当時、シュリンク・トゥ・フィットを表記していたリーバイス。

ポケットフラップの水洗い後の内輪差を、オンスを変える事で対応。

そこは敢えて、忠実にオマージュ。

私物の前身頃下部分。

四角閂で縫われたベルト部分は、アタリが出てきて良い感じ。

カフスやフラップも、インディゴの濃淡が顕著。

これからの、デニムの成長が楽しみ。

とまぁ、セカンド愛溢れる記事を書いてみたんですが…

ファースト愛も負けずに持っています。

ただリーバイスの歴史上、

セカンドの生産年数よりもファーストの生産年数の方が全然長いので…

ファーストは色んな顔を持っているんです。

王道の506XXの他にも、

大戦モデルや大きいサイズにだけ存在する通称Tバック、

更には廉価版213などなど。

なので2020年は敢えて廉価版213と201に敬意を払いつつ、

セットアップで作ってみました。

名付けて「ファーストタイプ・バジェットプリーツジャケット」と、

「バジェット・ウエスト・オーバーオールズ」

リーバイスの213(ジャケット)と201(パンツ)は、

共に1940年代頃まで生産されていた「廉価版」労働着。

当時からリーバイスは他社と熾烈な販売競争を繰り広げており、

他社を圧倒する為にデニムのオンスを下げて安く作っていたラインがありました。

このシリーズはやはり同じ労働者階級に販売しており、

通常ラインの506XXと501XXより、

かなり破れ易かった為に現存数が極端に少ないのです。

その後リーバイスは1940年代に軍への納品会社に名を連ねることになり、

コレを機にコットンの供給を上手にできる様にした結果、

通常ラインを13オンスに上げ尚且つ安定させる事に成功します。

その結果、廉価版である213と201は廃止となり…。

今やヴィンテージ業界では絶滅危惧種になっているのです。

そんな背景好きな私としては、

2019年秋に麻混の8オンスデニムをデッドストックで発見した時には、

小躍りしてしまいました。

幻の213&201を作る事が、やっと出来る!と思ったのです。

いつもはこういったデッドストックの生地が見つかる時には、

その後も同じ生地が続いて出てくるものなんですが…

今回に関してはこの1回こっきり。

なので全部大人買いしても、

上下セットアップで裁断してみたら大した量ではありませんでした。

それでもレアな8オンスデニム、しかもセルビッチ付き!

デニムジャケットには見返しにセルビッチ、

パンツには脇線に割りのセルビッチを使用、当時のものに近付けました。

他にもフラップ裏や襟裏、

ポケット袋地にはシャツ地用デニムを使ったりと、

ギミック満載!

更には…

ネームには敢えて布パッチを使い、ボタンも全て刻印無しのブラック艶消し。

100年後には、こんな状態で発掘されるのかも。

2020年3月、酒丸からの妖怪話と緊急告知!

 

いや~コロナウィルス禍、大変ですね…。

 

学校に通うお子様を持っている家庭、

イベント企画を専門にやっている会社、

ライヴハウスで演奏して生活しているミュージシャン、

ライブハウスの経営者や従業員、

インバウンドを中心としたホテルや旅館、

旅行関係の会社や旅先のお土産物を生産販売している会社、

そしてウチのような小売店にまで影響は大きく広がってきており…。

ホントにホントに困っちゃっています(涙)

 

 

コロナウィルスが何となく「怖い」のは、わからないでもない。

じゃあ具体的に何が怖いのか?

 

新型で未知のコロナウィルス。

治療方法やワクチンが開発されていない。

高齢者や持病がある人達が一気に重篤化する。

毎日各地で感染者が出て、増えている。

 

と、まぁ、列記するとこんな感じでしょうか?

 

これ、全部マスメディアが報道している内容です。

 

ここで、まずこのイラストを目に焼き付けてみてください。

これはバンドワゴン第8号(2016年春号)の最初のページで貼り付けたイラストです。

題して「マスメディアの嘘」。

 

実際にはとんがった靴を履いているAさんが、ナイフを持ったBさんに襲われているところ。

ところがマスメディアは「自分達にとって都合の良い部分だけ」を切り取って、報道します。

報道、というよりも…「もっとも強く多く拡散する電波を使って、垂れ流す」という行為をする。

結果として大衆には「A’さんに襲われるB’さん」になってしまう。

そしてこれが各家庭や職場に無秩序に流され、

さらに現代ではSNSに乗って更に広く広く深く深く拡散される。

これを垂れ流されたAさんは、

襲われて逃げていたにも関わらず襲撃犯にでっち上げられてしまうでしょう。

 

このBさんはマスメディアの広告主だったのかもしれないし、時の政府だったのかもしれません

そして何より、Bさんを被害者にした方が「視聴率が取れる」から、こういう垂れ流しをするのです。

 

 

こういった事柄をふまえて、さっき書いた「なぜ怖いのか?」をチェックしてみましょう。

 

新型で未知のウイルス、治療方法やワクチンが開発されていない。

 

まぁ、ある意味ではそうなんでしょう。

ただ…単に恐怖を植え付ける情報を垂れ流しているに過ぎない。

人間、誰にも「未知」とか「新型」とかいう言葉に過剰に反応しがち。

未知のモノ。

最新のモノ。

過剰に反応しがち。

 

でも、コロナウィルスそのものは以前から知られています。

いわゆる「風邪」の原因になるウィルス。

今回のコロナウィルスはその新型で、7番目に見つかったモノ。

過去見つかった1~4番目が、いわゆる一般的な風邪になるウィルス。

5番目がSARS、6番目がMARS。

全てのコロナウィルスは、アルコール消毒で感染力を失います。

 

 

そこで、この絵を見てもらいましょう。

妖怪ぶるぶる。

ぶるぶるとは「震々」とも書きます。

私の尊敬する江戸時代中期の絵師、鳥山石燕が「今昔画図続百鬼」で描いた妖怪画。

人間に恐怖を感じさせる妖怪で、

このぶるぶるが襟元に取り憑くと「ぞぞっ」と寒気をもよおし一気に体調が悪くなり、

色んな物事から逃げ出したくなってしまうという、達の悪い妖怪。

そして面白い事にこのぶるぶるは、江戸市中の柳の下に生息していたらしい。

 

今の時代では、このぶるぶるは「インフルエンザウィルス」だったのではないか?と言われています。

江戸市中で柳が植えられているのは、基本的にお堀や川の土手など。

つまり「水」が関係している場所。

江戸は当時から世界唯一の百万都市で、人口過密地域。

そこに水辺の冷気と共にウィルス感染者がいれば、かなり広がったのかもしれませんね。

正体さえわかれば、対策が打てるから恐くない。

かくして妖怪ぶるぶるは、消えていなくなりました。

 

新型コロナウィルスに関しては、今日も全世界の科学者が頑張っています。

マスメディアはほぼ報道しないけれど、期待しましょう。

ただ単に、現時点で新型コロナウィルスに効く抗ウイルス薬が確立していないだけ。

もし罹患しても解熱剤や鎮咳薬を処方、

その後対症療法で体内に抗体が作られる様になり、大半が治癒します

 

そして次は、

 

高齢者や持病がある人は一気に重篤化する、という報道。

 

これはコロナウィルスに限らず、肺炎とはそういうものです。

私事ですが…数年前に父を亡くしました。

享年83歳。

死因は肺炎です。

元々肺ガンを患って療養中だったんですが、入院病棟から介護施設に移って10日で、あっという間でした。

その時、病院の先生とも話したんですが…「老人は冬の肺炎が一番怖いからね」と言っていました。

なんでも、高齢者の死亡原因の第3位だそうです。

逆に言えば、それくらいメジャーな病気だという事。

ところが、マスメディアは「死」を前面に押し出して恐怖だけを垂れ流してきます

妖怪ぶるぶるに取り憑かれない様に。

 

で、最後に…

 

毎日各地で感染者が出て、増えている。

 

という部分。

 

ではまず数値化してみましょう。

このデータは2020年3月13日の金曜日(ブログを書いている日:ちょっとねらった)のもの。

あれだけ連日「〇〇県では3名、陽性反応が!」とか

「ライヴハウスでクラスターが!」とか言っていたのに、

この数字。

(ライヴハウスを悪者にしているクセに、やはりクラスターを出しているパチンコ屋は全く叩かれない。政治献金ってえげつない)

これは同じ情報を朝から晩まで代わる代わる別の番組で垂れ流すから、

視聴者は頭の中で積算しちゃっている。

 

日本の総人口1億2601万人の中で、675人。

感染者数の割合いは、0.00053%。

因みに、年末ジャンボ宝くじで1000万円が当たる可能性は0.0001%

年末ジャンボで1000万円当たった人、周りにどれくらいいますか?

私は一人もいません。

 

世界的規模で見てみると…

全世界での感染者数は12万3,732人。

全世界の総人口は76億0315万人なので、0.00016%

どれくらい低い確率か、わかりますよね?

 

マスメディアの報道を見ていると、

まるで日本中が、世界中が感染者で溢れている様な雰囲気。

なぜか?

視聴率さえ取れればいいから「いかにセンセーショナルに放送するのか?」という報道合戦になってきている。

視聴者は早く事実が知りたいから、色んな局のニュースやSNSを見る。

そこでまた積算しちゃう。

 

この表の中では、もっと重要な事実がちゃんと書かれている。

日本国内での回復者数、123人。

感染者の中の18.2%は、もう回復して退院してる

そしてこれから、陽性反応も増えるだろうけれど回復者もドンドン増えていく。

人類の免疫力は、かなり高い。

でも、そんな報道はほとんどしない。

コロナウィルスにビビってくれないと視聴率が上がらないから、回復した人数は内緒。

そして何より、

陽性と判断されても「無症状」や「軽症」の人が8割近くを占めているのです。

重篤化するのは、高齢者の一部や免疫力が落ちている持病持ちの人の、ほんの一部。

 

そう、免疫力を上げていけばほとんど問題無い

免疫力を上げるためにした方が良い事、それは…

「日の光を浴びる事」!

日光を浴びる事で体内のビタミンDが増えます

日中30~60分間の日光を浴びる事でビタミンDの血中濃度は適性になるらしい。

 

日光浴をしたら…

更に免疫力を上げるために「自分が気分良くなること」をしましょう!

そうする事で明るい気持ちになり、更にドーンと免疫力が格段にアップします。

 

 

そこでワタクシ酒丸からの緊急告知!

3/20(金)、21(土)、22(日)の3連休を使って…

ドライボーンズ大阪店にてファミリーセールを行います!

サイズ欠け品やサンプル品、更には今まで寝かせていたB品や季節外れの半端品を、一斉に大放出!

なんと最大90%オフの大盤振る舞い!

ウッヒョ~!!

以前からの顧客さんやネットショップで最近買い物してくれた関西圏のお客様には、

こんなDMが届く予定です!

 

また、宛名面には更なる「免疫力アップ」が!

DMを持参してくれた方には、更なるプラスがあります!

現在、日本では「不要不急の外出は避けてください」なんて事を平気で言うAPEがいますが…

このイベントは、必ずや来店してくれた方の免疫力をアップさせる事になるでしょう!

民衆の不案を煽るゴミ情報の垂れ流しに触れ続けていると気分が凹み、免疫力が下がります。

免疫力を上げるには、ゴミ情報から離れて「脳が喜ぶ事をする」と効果的なのです!

明るい話題を提供するので、

更に多くの人に伝えて世の中を明るくし、感染症を収束させていきましょう。

そのための「ファミリーセール」です!

 

「私もファミリー!」と自覚がある方

(ここで言うファミリーとは家族ではなく、映画ゴッドファーザーにおけるファミリー的なモノだとお考えください)は、友人も誘い合わせて御来店を!

 

当然、DMを持っていなくてももちろん入れます!

(もし当日あまりに多くの人が集まる様なら入場制限をさせてもらいます:きっとそうはならないけど)

買い物をする事そのものが社会貢献になり、社会の閉塞感を救います!

 

更に更に!万が一に備えて…

現状ではほとんど手に入らなくなっている除菌スプレーも、やっと用意できました!

安心してご来店くださいまし!

(ただし、体調のすぐれない方は無理せず。また何かのタイミングで行いますから)

 

もちろん2020年の新作春夏物も、一通りラインナップしています!

目新しくてカッコいいものをがんがんゲットして、気分を明るくしていってくださいまし!

遠方からもお待ちしています!

 

 

我々小売店の事を、一般的には「店」と言います。

この「みせ」と言う言葉は「見世」と言う漢字が語源。

「見世物小屋」なんて言葉は今でも残っていますが…

本来は「世に見せる」、つまり世の中の人達にモノを見せると言う事が本業。

お客様が来ない店は、もう店じゃない。

これを(効果が薄い)政策

流行病(の過度な情報の垂れ流し)が原因で出来なくなるのは本望じゃない。

 

せっかく面白いモノを作ってるんだから、見せたい!

見たいでしょ?

せっかくスゴいモノを創ってるんだから、魅せたい!

魅せられたいでしょ?

この楽しい連鎖こそ「店の本質」。

 

尚、このブログ内容についての意見がある方は、本名と連絡先を明記して私宛に送ってください。

2020 如月の酒丸。

 

 約一ヶ月のご無沙汰でした、酒丸です。

 

早いもので、もう二月。

本社がある都内某所では、梅が満開!

 

二月、古来からの名前は「如月(きさらぎ)」。

この「如月」という漢字は中国での二月の呼び名で、「にょげつ」と読みます。

ではなぜ、日本では「如月」と書いて「きさらぎ」と読ませるのでしょうか?

 

明治維新以降、

隣国中国からの文化を否定し欧米に習おうとした「脱亜入欧」の流れの中で、

元々如月であったFEBRUARYは、

漢数字を当てて「二月」と決まりました。

つまり、SECOND MONTHという事です。

ところが、当時の日本人には月に順番があるという事が理解出来ず、

二月には別の名前を付けないと話が進まなくなってしまい…

仕方なく「二月」と書いて「如月」、

つまり「きさらぎ」と読ませる事になったのです。

四季に敏感な国民性故に、

「ただの順番になり下がってしまった二番目の月齢」

では納得出来なかったのでしょうね(英語圏だってSECOND MONTHではなくFEBRUARYですから)

 

そしてこの「きさらぎ」という読み方の由来は、

「衣、更に着る」

が口語となって「い、さらにぎ」から「きさらぎ」と変化していきました。

陰暦二月は実際には一月なので一番寒い時期。

そこで「たくさん重ね着をすべき月」という意味での「きさらぎ」でした。

その後に太陽歴が採用され、

二月=きさらぎという「両者引き分け(明治政府と国民感情)」状態になります。

こんな事情を理解して過ごす二月も、また一興。

 

 

 そしてこの数字の羅列に気付いた人は、どれくらいいるでしょうか?

ちょっとした「謎解きの二進法」みたいな、数字の羅列。

これ、実は昨日の2020年2月20日の羅列。

なんだかちょっと、これに気付いた自分が楽しい。

あ、どうでもいい話でした。

 

 

 

 さて。

せっかくの「重ね着の季節」なので、

新入荷した一重のアウターの紹介でも。

入荷後、順調に店頭で売れているのがコレ!

ドリズラージャケット!

(写真がブレちゃってました。すみません:汗)

ブラック地と…

ベージュ地があります。

 

この今回のこのジャケットの最大の特徴は、

なんといってもこの美しい光沢!◊◊◊

素材はコットンながら、

細目の糸を強く撚って高密度で織り上げたサテン生地。

ヴィンテージ のドリズラージャケットと見紛うような美しさ。

 

そしてドリズラージャケットの名前の根元的な、このポケットも再現。

ポケット口は玉縁を重ねて縫い付けてあるので、

中に入れた物が落ち辛い作り。

そして何より特徴的な、

太目のパイピングをグルリと四角く入れ込んで作りあげたポケット。

この作りが、マグレガー社のドリズラージャケットの専売だったのです。

 

前合わせファスナーエンド部分を接写。

ファスナーで身生地を噛まないように、

タコ糸くらいの細いパイピングを入れて丁寧に縫製

裾周りのステッチを返して縫い込んでいるところが、シビれます!

 

両脇の下側には、空気抜き用の菊穴も付いております。

 

袖口カフスの開き見せの部分には細いゴムが仕込まれており、

無駄な開きが出ないようになっております。

 

襟には小さなタブが付いており、襟を立てて着れば、風もシャットアウト。

「WINDOW BREAKERS(ウィンドウ・ブレイカーズ)」の異名は伊達じゃない。

 

裾周りにつく「ラッセル付きサイドベルト」も、リアルに再現。

裾周りをゴムで締めつつ、

表面に付いたラッセル(天然ゴムの滑り留め)で、

スポーツ時にインナーのシャツに影響を与えないようになっています。

 

 

マグレガー社のドリズラージャケットは、

戦後である1940年代後期から作られ始めました。

退役軍人達の余暇を狙って、

「ゴルフ等のスポーツ専用に開発された最高級なジャケット」なだけに、

スポーツに特化した構造になっているのです。

 

ゴルフボールを入れても落ちにくい大きめのポケット、

ファスナーが噛まないような構造の前立て、

スイング時に無駄な空気を抜く為の脇下ホール、

腕を動かしても風が入りこまないようなカフスの構造、

屋外スポーツにも対応する襟のタブ、

そしてスイング時にもインナーを気にしなくて良いラッセル付きサイドベルト…。

当時の最高級スポーツジャケット、

ドリズラーは唯一無二の最高峰でした。

 

 

時は流れ、1955年。

そんな名品を産み出したメーカーのジャケットを、

銀幕の世界に持ち込んだ人物こそ、ジェームス・ディーン。

映画「理由なき反抗(Rebel Without a Cause)」の中で、

後のジェームス・ディーンのイメージを決定づける衣装として、

マグレガー社のドリズラージャケット!

その中でも保温機能に特化して作られた「アンティ・フリース」の赤を着ているのです。

この映画で火が付いたドリズラージャケットは、

単なる「最高級スポーツジャケット」から、

「1950年代のティーンエイジャーが憧れるジャケット」となり、

膨大な種類の色数や柄が生産されるようになったのです。

ザ・特需!

 

その後このジャケットは当時の俳優陣や芸能関係者に、

瞬く間に広がりました。

「ザ・バッドボーイ」で売り出していたロバート・ミッチャム(Robert Mitchum)

は、

ネイビーのドリズラージャケットを着用。

この写真はマリリン・モンローと共演した「帰らざる河」の頃でしょうか?

まだ若いので、

かなりトンガってます(個人的には1970年代に高倉健と共演した「ザ・ヤクザ」のこの人が好き)

 

更には!

みんな大好き、このロックンロールキングも!

エルヴィス・プレスリーはオリーヴドラブのドリズラージャケット。

髪型やファッションから考察すると1950年代末期頃ですかね?

さりげないカジュアルルックすら、風格漂うキング。

 

そんな歴史あるジャケットなので、

ヴィンテージコレクターからも熱い視線が絶えず注がれております。

 

 

ここで僭越ながら、

ワタクシ酒丸のささやかなコレクションを(自慢したいだけ)

 

まずは赤。

スペシャルです。

コレだけ程度の良い赤は、まず見ないと思います。

コレは裏側の見返しやポケット袋地を撮影した写真。

なんと、セルビッチが使われているのです。

まだ高速織機があまり出回っていなかった、古き良き時代の産物。

前立てのファスナーエンド部分。

ほら、ドライボーンズのモノと全く同じ縫製。

タコ糸パイピングで挟み込みを予防したり、

裾周りのステッチが返しで縫われていたりで、非常に美しい。

 

そしてピンク。

このピンクもレア。

ネームが欠損しているのが残念だけど、タブが小さい1950年代の物。

 

そしてワイン地の小紋柄。

コレもレア。

東海岸でアイビーブームが起こり始めた1950年代後期の物。

コレはファスナー引手にオーナメントも付く完品。

 

そしてマドラスチェック。

コレはアンティ・フリースよりもっと防寒機能が高度化した、ラムジェット。

戦闘機みたいなアイコンが、コレまた時代を物語っていてカッコいい。

 

 

こんな「ドリズラージャケットへの熱い想い」を、

2020年の如月にしたためてみました。

 

 

皆様のお越しを、お待ちしております。

 

 

 

 

 そしてここからは、別の話題。

今週、またしても故郷である千葉県館山市に帰省。

都内よりも数度は気温が高い館山の街は…

もう至るところで桜が満開。

ソメイヨシノではなく、

地元で「頼朝桜」と呼ばれる品種(河津桜が正式名)

もうすっかり春。

 

春の二月という事は、

あの忌まわしき台風15号から既に5ヶ月が過ぎたという事。

が、まだまだ完全復興には程遠く、

街のあちこちでブルーシートを被った民家を見かける。

 

皆さんからの募金は、

1月末にまとめて「房総復興ブースター」に渡りました。

支払い方を間違えちゃって、領収証が2枚になってしまった(ごめんよ)。

 

そんな房総復興ブースターさんからのお知らせ。

 

1月末までに約204万の寄付が集まり、

延べ125人の職人滞在費を補填でき、

288軒の工事を完了する事ができました、とのこと。

(素晴らしい成果!!)

詳しくは、こちらを。

房総復興ブースターとしては、コレから新しい段階に入るとの事。

改めて皆様のご支援、お待ちしております!

 

 

 

更にもう一つ、お知らせ!

コレ、なんだか分かりますか?

あ、しつこい?(汗)

2020年2月22日、つまり明日の土曜日。

 

なんと、本当に本当に久しぶりな…

ドライボーンズファミリーセールを開催します!

2020年2月22日、23日、24日の3日間。

場所はドライボーンズ東京店!

普段はお目にかかれないサンプル品や傷モノも、大放出!

中には「90%オフ」という、ほぼタダみたいな商材もあります!

 

たくさんのご来場をお待ちしております!

2020 睦月の酒丸。

 

 新年あけましておめでとうございます(超遅い)

本当は1月4日に、

オイラがブログを書かなきゃいけない段取りになっていたんですが…

ゴメンナサイ、

その日は忙しくてすっかり忘れてた(大汗)。

なので改めて、新年のご挨拶から始めてみました。

 

 また、今回のブログからタイトルを変えてみました。

実に分かり易い(自画自賛)

しばらくはこれで様子を見てみようと思います。

 

 

さて。

睦月、つまり1月になりました。

なぜ睦月というのか?

「睦」と言う漢字は「仲睦まじい」と言う意味。

つまり1月は「家族や親戚、友人達が仲睦まじく集まる月」と言う意味。

 

家族や親戚が集まれば、

年長者としては子供達にお年玉をあげたり…

正月ならば神社に行って初詣をしたり。

同級生達と集まれば気遣いない仲間同士、

無礼講で飲んだりするもの。

 

 

そんな際、いちいち気にするのは「自分の財布の中身」。

ところが、そんな姿を見ている周りの人達から、

意外と「あなたの財布の外見」が見られています。

 

ヤれてる財布だったら「結構苦労してるんだな」とか、

ボロボロの財布だったら「アイツ、大丈夫かな」とか。

 

だからこそ、正月のタイミングで財布を買い換えたい。

しかも新春に買い換える財布とは、

「春財布(=張る財布)」という縁起担ぎもあって…

その後に「中身がパンパンになる!」という意味合いがあります。

 

奇遇な事に…ドライボーンズでは、現在「春財布」が百花繚乱!

なのでひとつづつご紹介。

 

まずは長い事定番化して作り続けてきたものの、

ここ数年は材料不足で作れなかったバイカーウォレットが再入荷!

このダイヤ型にくり抜かれた内側に使っている、

蛇の皮がしばらく不足していたのです。

この皮、アミメニシキヘビといいます。

英語で書くと「DIAMOND PYTHON(ダイヤモンドパイソン)」。

格子状に浮き出ている柄の事を、日本では網目、

英語圏ではダイヤモンドと名付けたんでしょう。

実に「縁起が良くて金が貯まりそう」なネーミング。

 

その蛇の皮を、極太の糸でしっかりと留めてみた。

お金をガチッと逃さないように、極太の糸で。

 

内側の構造は10枚のカードの他、

免許証を入れたまま見せられる窓つきスペースもあって至れり尽くせり。

 

バイカーウォレットという名目上小銭入れポケットのジッパーは、

グローヴをしたままでも開けられる引手がついております。

 

 

そしてドライボーンズのこの形の財布は、全て専用の化粧箱がつきます。

贈り物にも最適なのは、言うまでもない。

 

 

 バイカーじゃないしな…とお嘆きのアナタに朗報!

表の革に表情があって、

なおかつ4色もの色バリエーションから選べる逸品もあります!

名付けて「キップレザー・トリカラー・ウォレット」

キップレザーとは、生後半年~2年くらいの若い仔牛の事。

仔牛なので柔らかく、キズも少ない。

この仔牛の皮を丁寧にタンニン鞣しを施し、

自然に近い風合いを出した珠玉のレザー。

手前からブラック、ブラウン、ネイビー、レッド。

 

そして内側は…

表のレザーとは関係しない色鮮やかな2色のレザーで構成。

なので、表革と合わせて「3種類の色(トリプルカラー)」を使用。

 

ブラックの表にはグレーとピンクの王道色、

ブラウンの表にはマスタードとレッドの大人な配色、

ネイビーの表にはブルーとイエローでデニムコーデの鉄板、

レッドの表にはスカイブルーとグリーンで「私、脱いでもスゴいんです」バージョン。

 

内側のポケットはバイカーウォレットと同様、

10枚のカードの他、免許証を入れたまま見せられる窓つきスペースがあり。

小銭入れポケットのジッパーは、

グローヴをしたままでも開けられる引手がついております。

 

 

 そして、ダイヤモンド・パイソンの皮が流通し始めてきたので…

やっとこの3つ折り財布もラインナップ。

3つ折りなので、ロングウォレットよりもコンパクトになります。

後ろに写っている化粧箱がつきます。

 

これぞまさしく、ダイヤモンド・パイソン!という感じの柄。

 

カード用ポケットも多く、窓付スペースもあり。

 

小銭入れは折り畳み式。

しかも開ければ一目瞭然な小銭状況、分かりやすくて使い易い。

 

 

バイカーウォレットよりも簡素で良いんでゴツい感じが欲しい、

というワイルド嗜好の方には、これ!

トラッカーウォレット!

ブラックとブラウンがあります。

1950年代以前から連綿と続く、不良の系譜。

ゴツいエンボスが入ったゴツいレザーは必見。

また、この型にだけ専用のブラスチェーンとベルト用キータブが付きます。

 

このパッケージに入っていると、1950年代のデッドストックの様な風格

 

小銭入れに使われているジッパーにはユニバーサルブランドのジッパー、

しかもプレス刻印(古臭い!)!!

細かい話ですがこのジッパーのテープはコットン、

より1950年代に近づけてます。

 

 

 1950年代に近付けつつ、

もうちょっと小洒落た感じの物をお探しのマニアックな貴方には、これ!

2トーンナロウベルトとお揃いに出来る、リザードエンボスウォレット

 

ブラック&ホワイトと、

ピンク&ブラックの2色展開。

 

リザード(蜥蜴)エンボスのアップ。

ジャケットの内ポケに入っていたら、物凄くスマート&色っぽい。

もちろんバイカーウォレットの様にピスポケにも対応。

 

内側のカード入れ部分には、カーヴを多用してカードそのものを取り出し易く。

使用色も2色のレザーを使う事で、視認性アップ。

 

「春財布」を5種類、全てラインナップ完了!

 

昔のお洒落な人は、毎年1月に財布を新調していたらしい。

こういった風習、継続させていきたいですね。

 

 

 

 

そして。

ここからは、このところ毎月書いている「台風15号による罹災について」を、

報告的に書いておきます。

 

年末も押し迫った12月の半ば、

ウチの実家の近所に住んでいた同級生からラインで連絡が入った。

「2020 年の正月も集まれる同級生で集まろうと思うんだけど、

武内は来られる?」

実は私は、

今年の正月は実家に帰っても親が不在なので帰省しない予定でいた。

が、その後の台風15号で田舎の友人が多数罹災してしまっていたので、

心配はしていたのだ。

同窓会的な集まりがあるんなら、

みんなの安否も伺うことが出来るし…

何より、その連絡をくれた「近所の同級生」の家も、

台風15号で叩き壊されていて心配していたのだ。

これぞ「睦月」の由来。

 

なので、年末年始の渋滞を避けて1/2に帰省。

その晩に20人ほどの同級生と会うことが出来た。

(諸事情により、オイラ以外はイラスト化しておきます)

 

みんなから話を聞いて、驚いた。

 

職場の全ての窓が割れて、失業しちゃったヤツがいた。

自宅の天井が落ちてきて、壁ごと吹っ飛ばされて入院してたヤツがいた。

自宅の東西南北が全て水没し、何日間も自宅から出られなかったヤツがいた。

自動車販売店勤務のヤツは、その後二ヶ月間動く車は全て完売させていた。

 

聞きしに勝る、大災害。

 

実家近所の同級生は、もう違う地域に引っ越していた。

「まだこれから片付けだからさ、憂鬱だよ~」なんて明るく言っていた。

 

本当に、これから。

これからが、重要。

 

年末の12/27、

全店舗からの大切な募金を「房総復興ブースター」に寄付してきました。

この団体はとても義理堅く、

募金を送ると月末に「その月の活動内容と支援状況」を、

メールしてくれる(こういうところも、信用できる部分)

 

そして房総復興ブースターのホームページ内で、

私が書いているこのブログを紹介してくれたりしていた(嬉しいですな~)

 

そしてそのメールの中には、衝撃的な一文があった。

「今月のお支払いで支援金がなくなってしまうため、

このままだと2月以降の活動ができなくなってしまう」現状だと言う。

詳しくはコチラを。

 

正月を迎え、テレビをつければ芸人がネタをやって盛り上がり、

美味しそうなおせち料理もたくさん並んでいた。

これから日本はオリンピック一色に染まっていくのだろう。

 

でも…同窓会での話を聞いて、それどころじゃない事は身に染みている。

実際にうちの実家だって、

未だに修理の見積もりも出てこないから、

保険の請求もできない(つまり、罹災後そのまま)

 

そして房総復興ブースターが頑張って支援している人達は、

いまだにブルーシートの下で凍えている人もいるのだ。

 

今月も月末までには募金を届けようと思います。

 

もしこのブログを読んでいる方で、

店舗を営業してりイベントを開催している人がいたら…

募金を集めてもらえませんか?

 

直接房総復興ブースターに送ってくれても良いし、

 

私に個人的に送ってくれれば全部まとめて毎月募金していきます。

 

また、

万が一「それなりに大きな額の募金をしても良いよ」と言う貴徳な方がいたら、

直接房総復興ブースターに募金してください。

 

自治体に募金でも間違ってはいないんだろうけど、

罹災者に届くのはずーっとずーっと先。

そして、もう数ヶ月後には「次の災害」が来るかもしれない。

 

復興速度を、加速させたいです。

 

そんな中、友人の詩夏ちゃんから、募金の申し出があった。

共通の友人も多い、

詩夏ちゃん(こう見ると詩夏ちゃんは美人だな~。気付かなかったよ:笑)

 

詩夏ちゃん達が主催した、

トラディショナル・バーバー・バトルにて募金を集めてくれていた。

改めまして…

詩夏ちゃん、並びにレイライト関係の皆様、ありがとうございました。

そしてもちろん募金をしてくださった皆様、ありがとうございました。

私が責任を持って、月末までに募金を渡しておきます。

 

 

 

このブログを書いた1/19の、会社の最寄駅から撮影。

正に「富士見橋」!と言うアングル!

富士見は、不死身にも通じるのだ!

古きを訪ねて新しきを作り、次世代に繋ぐ。その41

 

もうすっかり「師走」ですな…。

超忙しい(汗)

あ、酒丸です。

 

そんな最中、私は先週都内の月島デビュー。

そう、東京に越して来て早36年、初の月島

月島といえば「もんじゃ」の街

月島に詳しい友人と共に、洒落たもんじゃ屋さんに行って来ました。

もんじゃといえば定番は「餅と明太子」らしいのですが、

何せデビューなのでNO情報。

とっても美味しそげな「マグロのトロ大盛り」を頼んでみました。

物凄く、ゴージャス。

庶民的な食べ物である「もんじゃっぽさ」が、皆無。

友人が土手を作って焼いてくれました。

周りにあるマグロが、もう既に高級な焼肉状態。

焼けてきたら、海苔をかけていただく。

バカみたいに美味い

 

皆さんも、もし月島に行くことがあったら色々とトライしてみてください。

すごくたくさんのバリエーションがありました。

 

 

 

さて。

 

たまには私のフィフティーズなコレクションも交えてのお話でも。

 

色々なアイテムをコレクションをしている私ですが… 

最近は店に並べて放出することも増えてきました

心境の変化、

というより「置き場所が無いのに新たに買っているから」という事実(汗)

 

そんな中でも、あまり手放していないシリーズが、2フェイスアイテム。

そう、こんな感じのヤツです。

これはドライボーンズのオリジナルで、型を作ってシルバーで復刻させたもの。

全く同じ物を、もう30年以上前にアメリカで見つけたのでした。

 

この2フェイスというモティーフ、

意外と知らない人も増えてきたので、改めてここで復習。

 

 

 

このモティーフは見ての通り「仮面」で、主に演劇用に使われていました。

 

2フェイスとは俗称で、

ホントのアメリカでの名前は「COMEDY AND TRAGEDY」

喜劇と悲劇、という意味。

ちょっと通な人は「泣き笑い」といったりします。

 

演劇の創世紀であった二千年以上前に、

一人の役者が何人もの役をこなす為に生まれた小道具。

それが発展して、この2フェイスは演劇を表すシンボルとなりました。

その後の十五世紀頃、

イタリアでハーレクイン(道化師=ピエロ)演劇が流行し、

二十世紀の映画の流行に至るまで、

2ファイスは大衆娯楽の代名詞となっていたのです。

 

そして時は流れて1910年。

ガストン・ルルーが「オペラ座の怪人」という小説を書きます。

この小説はその後様々な演劇や映画となり、

この仮面も有名になります。

その後、1950年代にこの小説もリバイバルし、

先だってのハーレクインモティーフと共にアメリカで大流行しました。

 

例えば、こんな陶器のキャンディボックス。

陶器の四角い深皿に同型の蓋が逆さに付きます。

その蓋の角には2フェイス。

そして両辺には演劇の緞帳があしらわれています。

 

同じく陶器素材のテレビランプ。

1950年代は箱型のテレビだったので、

その上がちょうど良いディスプレイ台として利用されました。

裏側に電球が付き、上や穴から光がこぼれます。

濃いグリーン地にゴールドの配色が、妖しい。

 

スタンド型の花瓶。

モティーフは巨大な仮面を持つ中国人。

ピンクにゴールド&ブラックという王道の配色。

 

そして私のいちばんのお気に入りは…

かなりアトミックにデフォルメされた2フェイスのテレビランプ。

しかもピンク&ゴールド!

 

なぜお気に入りかというと…

1981年に発売されたブルータス

「50年代スタイルの過激な古さが新しい」という特集の中、

L.A.のショップ「ヴァージニアズ」を取材した38ページに、

同じものが掲載されているのです!

これ、分かる人にしかわからない情報だと思うけれど…とっても大事なこと。

 

さて。

こういったコレクションを元手にアクセサリーをこれまで作ってきました。

 

前出の2フェイスシルバーリングの他にも…

同型でブラス素材のモノ

 

丸い空間の中に2フェイスがぼんやりと浮かぶフレームリング

 

その浮かんでいる2フェイスをピアスにしたモノ(これはシルバーのみ)、等々。

 

そしてこの度、こんなリングが再登場!

2フェイスの「泣き笑い」が、クルクル回るリング

実はこれ、

やはり30年ほど前にアメリカで見つけ、

古物から型を起こしたモノ

その古物は既に手放してしまっていたのですが、

工場サイドでも型を紛失してしまい、

何十年も作る事が出来なくなっていたレアアイテム。

令和元年になり、

工場から「型が見つかった!」と報告が入り、

急遽再生産に至りました。

 

 

そしてそして。

今年はアクセサリー以外にもトライ!

それがこのカーディガン

 

黒地と…

 

ワイン地。

素材はシェットランドウール

12番という太めの糸を二本撚りにした双糸で編み上げております。

デザインそのものはクラシックなレタードカーディガンながら、

着心地はかなり防寒性が高いニットジャケット

 

そして今回の目玉は、

なんといってもこの2フェイスのシニール(シニールだけの別売りもあり)

 

アップにするとこんな感じ。

2ミリ厚のオフホワイトフェルトの上に1ミリ厚のグレーフェルトを乗せ、

その2つをチェーンステッチで押さえつけつつ、

その2枚のフェルトを貫いてのサガラ刺繍。

触ると高級なエジプシャンカーペットのような分厚さ

 

そのゴツさの秘訣は、実は裏側にあります。

これが裏側。

 

これだと分かりづらいので、アップ。

この網目状の生地が裏に全面的に貼られています。

この素材は「寒冷紗」といい、

農業に関わっている人はたまに聞く素材だと思います。

食物を覆って、日差しや害虫から守る被覆素材。

この素材をアパレルでは1950年代の昔から、芯地として利用していたのです。

 

もう今の時代ではすっかり廃れてしまったけれど、

ドライボーンズは1950年代の雰囲気を出したいので毎回使用しています。

手間はかかるけれど、大切な事。

 

 

1950年代から連綿と続く2フェイスカルチャー、

是非今年は羽織ってみてください!

 

 

 

そしてここからは台風罹災話の続き。

11月30日ギリギリに、やっと市役所から罹災証明書が届きました。

なので12月の中旬、仕事をやりくりしてなんとか帰省、

「罹災証明説明会」へ。

(なのに、もう11月27日で罹災ゴミの受付は終了。意味がわからん)

(自民党の小泉セクシー進次郎氏は9月17日に千葉県南に来て「ゴミの対策をできる限り行う」といっておいてこの始末。やってる感だけ。)

ウチの実家の罹災ランクは「一部損壊・B」だった。

なので修理業者から見積もりを出してもらったら、

修理後に若干の補助金が出るらしい。

 

そしてその説明会で出された書類は、数十枚にも及んだ。

まともに読んでいたら、軽く1時間はかかる。

しかも、重複した内容が多い。

提出先がそれぞれ違うから仕方ないんだろうけど…

もうちょっと業務内容を簡略化できないものですかね?(汗)

役所という行政の魔窟を見た気がする。

 

それはともかく、圧倒的に業者が不足している千葉県南地方。

まだまだブルーシートを屋根に貼っている建物がものすごい軒数、ある。

数千〜一万軒近いだろう。

復興そのものは、まだまだこれからなのだろう。

 

そして前回のブログでも書いたように

「房総復興ブースター」を主催している相川さんと清水さんの二人にお会いして、話を聞くことができた。

募金そのものは少しづつ来ているものの、まだまだ圧倒的に足りないらしい。

11月末までの収支報告はこちら

 

業者を他方から呼んで被災地で寝泊まりできるようにして、

地元の工務店さんと組んで作業を一気に進める。

業者の手が圧倒的に足りていない現時点では、これが最善の方法のひとつ

 

ドライボーンズとしても、

引き続きこの「房総復興ブースター」を応援していこうと思っています。

 

また、今回の帰省でちょっと気になった事がありました。

 

9月の台風襲来以降、たくさんのボランティアの人達が頑張ってくれていて、

とても頼もしかった。

が、10月には19号が東日本を縦断し

その後も21号、23号が各地で大雨を降らせた。

どの地方も被災からの復興で大変なのだと思う。

 

私が気になったのは…

千葉県南の報道がすっかり減って、

その分支援やボランティアが激減してしまっているのだ。

もちろんそういった人達に頼ってばかりではいけないと思うし、

もっと国や県の支援がちゃんと整って欲しい。

 

でも、ほとんど整っていない以上、せめて「忘れないで欲しい」のだ。

似たような想いを抱いている人もいるようで…

そんな人達の有志が、フリーの冊子を作った。

千葉県台風被害体験レポート「あの日」。

各店舗で読める様にしておきました。

興味がある方は、是非手にとって読んでみてください。

この冊子の裏表紙は、私の実家方面の海岸の写真が採用されていました。

海岸線が、ゴミで埋め尽くされていたんです。

 

そして…この光景は「来年の日本のどこか」でもあると思うんです。

こういった災害は、

東日本大震災の後に熊本や新潟、北大阪、長野、道南、福島…

ありとあらゆるところで起こっています。

忘れずに、前を向いて対応していきたいと思っています。

古きを訪ねて新しきを作り、次世代に繋ぐ。その40

 

11月も後半、残すところ今年もあと1ヶ月とちょっと。

酒丸です。

実は今週、大阪に出張しておりました。

来年度の企画の打ち合わせで、

色んな工場さんや生地屋さんと会っていたんですが…

さ、寒かった…。

一気に秋から冬へ。

「温かい飲み物」が欲しくて自販機に立ち寄ったら…

戦いになってしまっておりwww

 

 

さて。

 

これだけ寒くなってくると、個人的には大好きなカウチンセーターの季節。

 

実はワタクシ、

以前からヴィンテージ のカウチンセーターはずっと集めており…

これ、写真を撮ったコレクションの一部。

まだたくさんあるんだけど、しまった場所がわからなくなっちゃって:汗

 

こんなコレクション達の中から、

不定期に厳選して柄を決めつつ、

配色をいじって世の中にばら撒いていきたいと考えております。

 

 

なぜならば、

ドライボーンズのブランド理念は

「LEARN FROM OLD,CRAFT NEW THINGS,

TAKE OVER TO NEXT(古きを訪ねて新しきを作り、次世代に繋ぐ)」だから。

 

 

現時点でドライボーンズ直営店に並んでいるのは…

まずはパイレーツ柄

これも1950年代の代表的な柄のひとつ。

ヴィンテージ のモノよりも、

背面の顔にあるキズを大きくしてます(微妙なオマージュ)

あ、このブラックはもうこの秋で完売したらしい。

掲載しちゃってすみません:汗

オフホワイトの方も、残り僅からしいっす。

お早めに!

 

 

そして個人的にとっても思い入れのある…

アストロノーツ(宇宙飛行士)柄!

なぜ個人的に思い入れがあるのか?というと…

この紙っぺら、

私が二十歳頃にアメリカのスワップミートで手に入れたモノ。

この紙そのものは1950~60年代のもので、

まだカウチンセーターコレクションも数着しか持っていない頃。

こんなスペーシーな柄が当時作られていたのか!と感動したのだが…

その後何十年も本物には出会えなかった。

個人的には「幻のアストロノーツ柄」だったのだ。

 

数年前にヴィンテージ を手に入れ、

それを元に復刻させたのが、今回のこのカウチンセーター。

もう三十年近く憧れていた柄を羽織れる、これは幸せな事。

 

 

そしてコレクションの中から厳選して今年生産したのは…

モーターサイクル柄!

当時はカナダでの生産が多かった為、

イギリス領らしくネイキッドのバイクが良い感じ。

おそらくBSAとかノートンだろう。

かっこいい。

この柄も、もうサイズによっては欠け始めてるらしい。

やっぱりお早めに!

 

 

 

 

 

そしてここからは先月の台風罹災話の続き。

 

11月中旬も、台風罹災の件で実家に帰省。

この日はやっと市役所に出した罹災申請の検分の為に、

担当者が来てくれることになった。

 

台風が上陸してから既に二ヶ月が経過。

もうこの時点で台風によるゴミの受付は終了しており、

なんとも市の行政の「時間感覚の無さ」に呆れるばかり。

 

担当者が到着するまでに自分で直せる範囲は少しでも進めなきゃ、

という事で…

台風でどこかに吹っ飛んでいってしまった網戸を修理。

ほーら綺麗になった。

我ながら、もうサッシ屋にバイトで入れるレベル。

 

さて、担当者が来てくれた。

外をふんふん言いながらチェックし、家の中をジックリと見てひとこと。

「かなり雨漏りしてますね~」

えええっ!

全然自分では気付いていなかった。

ショック。

「しかも、雨漏りのせいで壁も壊れてるところが結構ありますね~」

ガーン。

毎月一泊で帰省していて、

雨が降ってる時に実家にいなかったから気付いていなかっただけだったのだ:涙

 

ただ、台風15号の後に同級生が屋根に乗って応急処置をしてくれて…

その1週間後に自分で更に上から分厚いブチルテープを貼っておいたので、

それ以上の被害にはならなかったらしい。

間一髪のセーフだった様だ。

 

 

12月初旬には「罹災証明書」が届くらしいので、

それが届いてから色んな手続きを進められるらしい。

自治体からの支援、火災保険会社との交渉、何より修理の為の大工さん探しも。

これからが、長い長い闘い。

 

千葉県南だけで数千軒もの家や事務所が壊れてる。

大工は絶対数がまったく足りていない。

ウチなんて、台風の被害にあってからもう二ヶ月半も経ってる。

完全にスタートが出遅れてるから、

来年の台風時期までに直せないんだろうなぁ…(絶望的)。

 

どうしたら良いのか途方に暮れつつ、対策を考えていた。

そうしたら…

SNS上で似た考えを持って、もう既に動き始めている団体を発見。

それが「房総復興ブースター」だった。

詳しくはこちら

つまり、

建物の復旧を出来るだけ早く終わらせる為の「職人不足」という問題に絞り込んで募金を利用します、

という事なのだ。

この考え方、シンプルで理想的。

 

 

前回のブログでは、こんな事を書いた。

 

『追伸:皆さんからのたくさんの募金、本当にありがとうございます。

本来なら一刻も早く被災者に届けたいのですが…

今回の被災について私は国や自治体に対して非常に不信感を持ってしまう事が重なり…

一旦持ち帰ってきました。

次点としてボランティア団体や赤十字なども考えたんですが…

これらも私の考え方とかなりズレている部分が多く、

募金を預ける事を取りやめにしました。

現場で復興支援をやっているメンバー達が口を揃えて言うには…

「被災者にとって一番大切なのは、今は現金と時間。

ホントなら困ってる人達一人一人にちょっとづつでもいいから現金を渡してあげたい。

自治体や団体に渡しても、どこにその金が行ってるのか見えてこない。

ホントに困ってる人達は、ずっと困ってるままだよ」

私も今回の被災で痛感しています。

一番困っている人には、ほとんど届いていない。

みんなそれぞれパーソナルな問題を抱えているから、

役所や団体からの一元的な対応では難しい。

ならば、

幸か不幸か私は今回被災地出身なので「私から見てホントに困っちゃってる人」に、

今回の募金を手渡ししたいと思っています。

 

これは募金を自治体や団体に渡している人を非難するつもりは無く…

せっかくドライボーンズとして集めた募金なら、

私が責任を背負ってベストな使い道を選びたい、という考えだけです。

 

納得してもらえれば、嬉しいです。』

 

この私の考え方に、最も近い「房総復興ブースター」。

なので、この団体に1回目の募金を送りました。

更に12月にも帰省するので、

こちらの団体の人と会って話を聞いてくるつもりです。

また更に違った、新たな展開になるかもしれないので。

引き続き、各店舗での募金を受け付けております!

 

古きを訪ねて新しきを作り、次世代に繋ぐ。その39

えーっとまずは…

この九月から十月にかけて関東を襲った大型台風の被害にあった皆様、

お見舞いを申し上げます。

かく言うワタクシも、九月の台風15号で実家が罹災してしまいました。

みんな一丸となって、この国難を乗り超えていきたいと切に願っています。

九月のブログ担当をフッ飛ばしてしまったのは、そのせいです。

楽しみにしてくれていた方、申し訳ない。

なので今回は九月九日に千葉県南を襲った台風15号について、

ちょっと書いておきたいな、と。

 私の実家は、千葉県館山市にある。

この千葉県のゆるキャラ「チーバくん」でいうところの

足首内側~足の甲辺り。

台風15号は、この足から海岸線を上がって大被害を出した。

館山市、南房総市、鋸南町、富津市、君津市、木更津市…。

台風当日、都内にいた私は呑気に仕事をしていた。

台風の雨風は凄かったけれど、

台風の日が持つ独特の「気分の高揚感」も無かったといえば、

嘘になる。

ところが一夜明けて地元勢と連絡をとったら、

大変なことになっていた。

時間が経つにつれ、

徐々に報道からの情報も入り始める。

風と倒木等の影響で道路が寸断されてしまい、

地元に駆け付けることが出来たのは二日後の11日夜。

停電も多く夜は作業も危険だったのでその日は就寝、

次の日からの作業とした。

明くる日。

実家の庭には看板や金属片、

ガラスや植木鉢など様々な物が散乱。

近所から飛んできたらしい。

屋根瓦は至る所に飛んできており、

実家の物置の扉は吹っ飛び、

雨戸は外れ、

母屋のガラスは一箇所が割れていた。

扉や雨戸は木ネジで打ち付け、

割れたガラスにはプラスティックの段ボールで覆いを貼り付けた。

応急処置を終え、市内の様子を見に巡回に出た。

実家から徒歩数分に位置するガソリンスタンド。

支柱がポッキリと折れて、お辞儀してる。

ポンプと派手に衝突してるんで、

しばらく復旧は難しいだろう。

友人が務める会社の近所の墓地。

墓石が薙ぎ倒されてる。

起こせる人員も割けないのだろう、そのまま。

観光地近くに留めてあったキャンピングカー。

ひっくり返ってる。

雨じゃ、こうはならない。

おそらく竜巻だろう。

この現場の近くの、海沿いの三階建建造物。

もう、めちゃくちゃ。

風が入り込む隙間があったのだろう、内部から壁をぶっ壊してる。

手前の電柱も、かしいじゃってる。

国道沿いの食事処。

二階建の屋根裏部屋が、根こそぎ持っていかれてる。

一階まで水浸しで、もう住めない。

そしてこれが、竜巻だろうと思った根拠の写真。

うちの実家方面の数少ない名勝地、崖観音(左端)。

この崖観音がある右側の森の樹木が、薙ぎ倒されてる。

普通、土砂崩れを起こしたりしていれば樹木は一方方向に倒れる。

広葉樹なので枝は四方に広がるから見え方は難しいけれど、

この場所は土砂崩れではなく森が破壊されてる。

そして、樹木が渦を巻くように倒れているように見えるのだ。

台風15号、恐るべし。

何日間か実家で過ごし、同級生や先輩・後輩の助けをしていた。

次の日は「ドライボーンズ30周年パーティ」なので、

東京に戻ろうと車に乗りかけたら…

近所の屋根を修理していた人から

「屋根の上に瓦がたくさん落ちてるぞ。

穴が空いていたらヤバいから、早くチェックした方がいい」

なんて言われた。

脚立を引っ張り出して屋根を見てみると、

大小様々な大きさの瓦の破片が落ちてる。

というより、ウチの屋根に当たって砕け散ったのだろう。

時間が無かったので一旦都内に戻り、

無事に「ドライボーンズ30周年パーティ」を済ませた。

(集まってくれた皆さん、ホントにありがとうございました!!!)

数日後、改めて実家に帰省。

屋根の上をちゃんと見てみると…トタン屋根が穴だらけ。

たまたま同級生が立ち寄ってくれて、穴の応急処置を施してくれた。

屋根に登っての作業なんて、しがない洋服屋には無理。

本当に助けられた。

地元である館山市や南房総市、鋸南町は甚大な被害。

なので「ドライボーンズ30周年パーティ」では、

急遽募金箱を設置させてもらった。

たった一晩なのに意外なほどの金額が集まった。感謝!

また、公的機関の応援にも涙腺が緩んだ。

道中で一番見たのは、停電の復旧で全国から集まる関電工の作業車。

千葉県内のナンバーはもちろん、苫小牧ナンバーまで見た。

北海道に「関東電気工事」という名前の会社があるのも不思議だけど、

嬉しい。

こんな遠くの僻地にまで、工事をしにきてくれている。

自衛隊の車両群も続々と到着。

人命救助や瓦礫処理、倒木除去、給水支援…。

心強い。

被災地から離れて暮らす我々には、できることが限られてくる。

もちろん現地で経済を回してくれることが何よりの復興支援になるんだけど、それもなかなか難しい。

ドライボーンズ各店舗では、

今回の台風についての募金を始めました。

買い物をしたついでに、

ちょっと気にして小銭を入れてくれると嬉しいです。

さてここで…

勇ましい自衛隊の事も書いたので、ちょっと商品のお知らせ。

ドライボーンズでは毎年、

何らかの形で「軍モノ風な装い」を作っており。

今年はたまたま、いろんな形がラインナップ。

なのでざっとご紹介。

まずはN-1デッキジャケット

いつものカーキ色に加え、今年はネイビーもラインナップ。

ヴィンテージ の本物は程度が悪いモノが多く、

グッドコンディションはハイプライス。

ならば一捻り加えてあるドライボーンズはいかがでしょ?

擦り切れやすい袖口やポケットはレザーで補強、

裏地は豹柄という男らしい1着。

そして久しぶりの展開は、

タンカースジャケット後期型、タクシードライバーバージョン

当時フライトジャケットとしても利用されたタンカース、

映画通りのワッペンを纏って復刻。

きっとロバート・デ・ニーロも喜んでいるに違いない。

更に数年ぶりの再入荷となるB-15A

襟ボアは本物のムートンながら、裏地はやっぱり豹柄。

ファスナー押さえやペンシルポケットをわざと2トーンにして、

存在感をアピール。

個人的には一番好きなフライトジャケット。

更に更に!

久しぶりに綺麗なブラウンのウールが出たので、

素材替えのA-2も作ってみた。

ホースハイドだと恐るべきプライスになってしまう昨今のA-2、

ウール素材なら細かなディテールに凝っても大丈夫。

赤裏、赤リブとレアなヴィンテージ を模しつつ、

ジッパーやスナップ、フックなどは王道を選択。

唯一無二なフライトジャケットに変身。

是非店頭にて、袖を通してみてください。

なんてブログ下書きを書き終えたのが十月十日。

その後の十二日にまさかの台風19号襲来。

史上最大の915hPa。

私のスマホに入ってる気圧計は、台風が自宅に一番近付いた瞬間…

965hPaをマーク!

海水温の上昇により、これから毎年襲来してくるかもしれない大型台風。

まずは海水温を下げるためにすべき事

(これが何を意味するのか、「1ドル紙幣に隠された秘密」を読んでいる方なら分かりますよね)

を行いつつ、

自然の猛威をやり過ごせる「しなやかさ」を養いましょう。

追伸:皆さんからのたくさんの募金、本当にありがとうございます。

本来なら一刻も早く被災者に届けたいのですが…

今回の被災について私は、

国や自治体に対して非常に不信感を持ってしまう事が重なり…

一旦持ち帰ってきました。

次点としてボランティア団体や赤十字なども考えたんですが…

これらも私の考え方とかなりズレている部分が多く、

募金を預ける事を取りやめにしました。

現場で復興支援をやっているメンバー達が口を揃えて言うには…

「被災者にとって一番大切なのは、今は現金と時間。

ホントなら困ってる人達一人一人にちょっとづつでもいいから現金を渡してあげたい。

自治体や団体に渡しても、どこにその金が行ってるのか見えてこない。

ホントに困ってる人達は、ずっと困ってるままだよ」

私も今回の被災で痛感しています。

一番困っている人には、ほとんど届いていない。

みんなそれぞれパーソナルな問題を抱えているから、

役所や団体からの一元的な対応では難しい。

ならば、幸か不幸か私は今回被災地出身なので

「私から見てホントに困っちゃってる人」に、

今回の募金を手渡ししたいと思っています。

これは募金を自治体や団体に渡している人を非難するつもりは無く…

せっかくドライボーンズとして集めた募金なら、

私が責任を背負ってベストな使い道を選びたい、

という考えだけです。

納得してもらえれば、嬉しいです。

古きを訪ねて新しきを作り、次世代に繋ぐ。その38

 

 梅雨も明け、八月。

一年で一番暑い時期を、皆様如何お過ごしでしょうか?

約一ヶ月のごぶさたでした、酒丸です。

夏になると海に行きたくなるのは、昭和世代のサガなんでしょうか?

ウチの実家、千葉県館山市の北条海岸からの夕陽。

もう、ほとんどカリフォルニア。

ああ、海で泳ぎたい(でも仕事がね…汗)

 

 

 と言う訳で、

今回は「真夏に最適なチェックのシャツ」をいくつかご紹介。

 

今年はチェックが流行だそうで、店でもよく動いてる。

清涼感のある配色、

レトロでクラシックな柄、

アイビーテイストな伝統的チェック、

他の人と被らないようなちょっと変わったチェック、

などがドライボーンズでも大人気。

 

そして共通して言えているのは「オープンカラーシャツが人気!」と言う事。

やっぱりこれくらい暑いと

首回りがすっきりしていた方が着易い様だ。

 

まずは「清涼感のあるチェック」

白地にネイビーが基調となった、清涼感たっぷりなチェック。

手前はトーン・オン・トーンと呼ばれるチェックで、

同じ色相(ここで言うとネイビーとサックス)で構成されたチェック。

奥はいわゆるオンブレ・チェック、

1950年代好きに好まれている伝統的なチェック。

どちらもコットン素材、

洗いをかけて若干シワ加工みたいになっているので肌にサラサラ。

かなり大人気。

 

続いて「レトロでクラシックなチェック」

ヴィンテージで出て来そうなクラシック感たっぷりなチェック。

手前がワイン系、奥がグリーン系。

アメカジの代名詞であるデニムやチノパンとも相性抜群な配色。

糸にハリがあるので結構しっかりしている割に、涼しい。

個人的にもお気に入りで、

私はワインを購入。

この夏のヘビーローテーションになっております。

 

お気に入りの理由はもう一つあって…

ワタクシ、夏場はバッグをほとんど持たないので、

ポケットが両胸に付いていると重宝するんです。

スマホとタバコは絶えず持ち歩きたいので、

ポケットが二つあると便利。

しかもバイアスどり(斜め45度)になっているので、

シャツに表情が出てくる。

 

そしてお次は「アイビーテイストな伝統的チェック」

コテコテなアイビー調チェック。

素材もオックスフォードなので、

本来ならボタンダウンが王道なんだろうけれど…

今年は敢えて、オープンカラーにしてみた。

これが大正解。

トラッドほど硬くならず、

むしろ1950年代末期のカリフォルニアっぽい。

アメリカングラフィティやグリースの映画などで、

ちょい役で出てきそうなファッション。

これもデニムやチノパンはもちろん、

配色が綺麗なのでブラックタイトなボトムや、

カジュアルダウンされたショーツなどにも合わせられる。

コーディネイトをあまり選ばない、万能型チェック。

 

そして最後に「他の人とあまり被らない、ちょっと変わったチェック」

柄としては「オーバーチェック」と言われる、

チェックの上からチェックが乗っているようにみえる柄なんだけど…

これが変わり種なのは、

先染めではなく「プリント」だと言うこと。

1950年代に流行した「なんでもプリントしてしまおう」的な発想の元、

セーターの編み地柄であるアーガイルや雷鳥をプリントで表現したように、

チェックも数多くプリントされた。

今回のこの柄は、

オーバーチェックの中にさらにドミノ柄のようなドットも表現されていて、

かなりフィフティーズっぽい。

残りわずか、オススメです。

 

 

 

 実は先日、ちょっと面白い雑誌を古道具屋さんでゲット。

それがコレ。

「女性のくらしを新しく美しくする」と言うキャッチコピー、

中原淳一氏発行「それいゆ」、なんと1958年8月号。

 

そんな中にこんな記事が。

当時大流行していたラビットスクーターに乗ってポーズをとる、

凛々しい青年。

なんと!菅原文太兄さん!!!

コットンのダーク系チノクロスパンツに、

チェックのオープンカラーシャツ!

向かいのページにはモデルとして「菅原文太さん」と言う名前(一番左上)とともに、

富士重工のラビットスクーターの広告が!

タイアップ企画だったんですね~!

 

古い雑誌を見ていると、たまにこういった発見があって、嬉しい。

 

そして「それいゆ」で思い出しましたが…(わざとらしい)

21世紀の「SOLEIL(それいゆ)」と言えばこの人!

2017年に結成された、酒丸イチ押しのバンド!

なんと!

9月16日のドライボーンズ30周年アニバーサリーイベントに出演が決定!

ものすごくものすごくものすごく楽しみ!!!

(チケットの購入は、お早めに!)

 

 

 ちなみに…雑誌「それいゆ」を出版していた人物は、中原淳一氏。

彼が晩年こよなく愛した地が千葉県館山市の塩見という地域。

ここに、彼の碑が建てられている。

冒頭の夕陽を見に館山に行ってみたいな、と思ったあなた!

もし時間が許されれば、塩見の碑も観に行ってみて下さい。

古きを訪ねて新しきを作り、次世代に繋ぐ。その37

 

 

 約一ヶ月のごぶさたでした、酒丸です。

先ずは…六月に開催した「野晒展」に、

たくさんのご来場ありがとうございました。

 

ドライボーンズ創立三十周年の一環として行った今回の展覧会、

実は当日までバタバタだったのですが…(汗)

 

結果的に多くの人に喜んで貰えて、本当に良かったと思います。

開催中に会場でも説明していましたが、目下鋭意目録を製作中です。

来週には出来上がりそうなので、

再来週あたりから随時発送していく予定です。

また、展覧会に来られなかった方々にもコレクションを観てもらうべく、BANDWAGON臨時増刊号として発行し、

店頭でも販売していくこととなりました。

もうしばらくお待ちくださいまし。

 

 

では、観に来られなかった方々にちょっとだけ展覧会の雰囲気を。

まずは会場となった原宿キット・ギャラリーの入り口。

チャーべ君、お世話になりました!

ありがとうね~!

 

中の雰囲気は、こんな感じ。

明治時代末期から大正、昭和初期頃までの髑髏柄着物がズラリ。

 

中央には「インスタ映え用」に卒塔婆を用意。

(金光寺、極楽寺の住職、ありがとう!)

ちなみにこの写真の中で卒塔婆を持っているのは、

モデルでありDJでありシンガーであり、カレー屋でもある「坂田かよ」ちゃん。

今回は無理を言って、

野晒展の書生(アルバイト的な)も務めていただきました。

 

今回のこのイベントで見ていただいた人には分かると思うんですが…

やはり当時の着物は、手の掛かり方が尋常じゃ無い。

素材はシルク、つまり絹で、今では工芸品扱いの素材。

その素材に対して抜染捺染はもちろんのこと、

手仕事での絞り染めだったり、

ろうけつ染めだったり、

手描きだってあったりする!

今の時代から見れば、

この上なく贅沢で丁寧な仕事を淡々と熟しているんです。

 

例えば現場でも展示していたこの「鹿の子絞り染め髑髏」。

柄のアップ。

よく見てもらえるば分かるように、

シルクの生地を摘んで糸でぐるぐるっと巻き、

その後に染めて糸をほどき一つ一つの紋を出しているんです。

こう言った鹿の子絞りは基本的に一人の熟練した職人さんが括ります。

そうしないと絞りの柄の出方が変わってしまうので、

複数の人が行うことは出来ないのです。

熟練の職人さんであっても、

1日に括れるのは数百から千個くらいだと言われています。

つまり、この柄のアップ部分だけで1週間以上。

1着の長襦袢に3箇所の髑髏が配置されているので、

おそらく1着分を括るだけで1ヶ月以上。

今の工賃に換算すると、数十万~数百万円くらいの値段なのです。

 

そんな時代の服を参考にしつつ、

今年のドライボーンズはこの髑髏柄を元に浴衣を製作。

基本的に同じモティーフです。

ただし、鹿の子絞りとかは全く無理なので、インクジェットでプリント。

素材もシルクは全く不可能なので、

東レが開発した新素材「セオアルファ」で生産。

自宅の洗濯機で丸洗いできる、とってもリーズナブルな浴衣が完成。

ちなみにこの柄は、

数年前にロイヤルプッシーとのダブルネームで生産した柄。

当時はあっという間に完売してしまったので…

前回買い逃したという方も、お早めに。

あ、そうそう、ネット上でこんな写真を入手しました。

「男物の浴衣をカッコよく着こなす女性」!

女性ならではの「お端折り」もせず、ラフにシャツやワンピース感覚で羽織っていてカッコいい!

 

また、こんな羽織も展示してみました。

髑髏が相撲を取っている図が、羽裏にドーンと描かれた遊び心たっぷりな羽織。

羽裏のアップ。

 

こんな図案を是非シャツにしてみたかったので…

バックプリントで生産。

いわゆる、ヴィンテージハワイアンシャツで言うところの、

キラウエアやダイバーなどの「バックパネル」スタイル。

なのでフロントには色を反転させたポケットをつけてみました。

こんな遊び心たっぷりな

「1920年代(大正時代)が1950年代に出逢ってしまった」様なシャツ

好みです。

 

 

さて。

ここで一つ、考えてみたいと思います。

ヨーロッパやアメリカで「髑髏柄の服」を一般人が着るようになったのは、

1950年代後期。

簡単にプリントT-Sなどで着るようになったのはもっともっと遅く、

1970年代頃でしょう。

が、日本では1920年代にはかなりの種類が作られており、

古いものだと1800年代頃からあると思われます。

 

この差は一体何故なのか?

一つの理由としては「髑髏」という図案に関する認識の違いだと思います。

西洋の髑髏とは、死から連想する悪魔(デーモン)やゾンビなど。

が、東洋的思想の髑髏とは自分の祖先であり自分の前世であり。

 

この差は、医学の違いにも表れていると感じます。

外科的処置、対処療法の西洋に対し、

医食同源、漢方薬等の内的アプローチが主だった東洋。

つまり髑髏とは西洋では忌み嫌われる対象だった事に対し、

東洋では

「不気味だけど身近で、内なる自分を表現した滑稽なアイテム」

だったから、古くからテキスタイルの対象になったのであろうと。

 

また、西洋は1700年代後半から民主主義が根付き始め、

国民が権利を履行してきました。

ところが東洋、とりわけ日本では300年間もの長い鎖国の後、

突如1867年になって開国、王政復古、富国強兵、

大東亜共栄圏と明治政府や日本帝国軍が実権を握ってしまい、

国民が蔑ろ(ないがしろ)になってきました。

だからこそ、羽裏や長襦袢という

「外(特高や憲兵)からは見えない部分に纏う反骨精神」という形で、

髑髏柄が着られたのだと思います。

 

第二次世界大戦が終わった後、

アメリカ占領下を経て民主主義になった様に見せかけて…

この令和に、急激に軍国化する可能性を持ち始めてきました。

大正時代の髑髏柄着物を着ていた市井の人達に

「真に日本人は自由を手に入れたのだ」

と気概を見せるのは、7月の参院選かもしれません。

先ずは投票率(70%以上!)を上げて、

民意を国政に反映させていきたいですよね。

そう出来なければ、当時の人たちに申し訳ない。

古きを訪ねて新しきを作り、次世代に繋ぐ。その36

 

 関東地方の本日は朝から雨模様。

近所の紫陽花が綺麗に咲き揃ってきた。

 

紫陽花の花そのものもいいんだけど、

葉のグリーンの鮮やかさに生命の強さを感じて、すごく好き。

 

 そして先日の日曜日は、名古屋店にて14周年振る舞い酒に参加。

ここに写っていない方も含め、

たくさんのご来店本当にありがとうございました。

実はこの写真の中には、15歳の女の子も写っていまして…

名古屋店開店当初から来店、共に歳を重ねているというレアケースも。

継続は力なり。

そして文化も、継承する事で価値が高まっていくのだと実感。

 

 

 そんな切り口から、今月のブログはイベントの告知。

来週から始まる「野晒展」。

皆様、日程の段取りは組めましたか?

 

このフライヤー(本当は藁半紙で作って大正時代のフォントを使いたかったんだけど、共に出来ず断念:涙)に書かれている通り…

 

会期は2019年6月10日から23日まで

1週間で中身(展示物)を総入れ替え。

 

昼12時開場、夕方18時閉場。

実質6時間しか開いてません

 

場所は原宿キットギャラリー。

 

入場料は1000円。

これは後日発送する目録代込みの値段。

 

 

と、まぁここまでの説明は前回と同じ。

 

ここからは「野晒展に行ってみたくなる内容」を書いておこうかと。

 

展示物は基本的に大正時代を中心とした、約100年前の着物達。

中には、江戸末期の錦絵も。

歌川国芳の名作「相馬の古内裏」。

 

私がこの絵を古書店で見つけたのは、もう25年以上前。

その後、原宿の太田美術館の学芸員の方とも話をさせてもらい、

版権がないことを確認してハワイアンシャツの原画として利用させてもらった。

そのハワイアンシャツは未だに大切に着てもらえているようで、

某オークションでも、出れば当時の数倍でやり取りされている模様。

 

その後、浮世絵師の歌川国芳のバリューが一気に伸びて、

全国で個展が開かれるようになった。

多少は文化継承の一端を担った自負あり。

 

着物の一部も紹介。

手描きの羽裏にダンシングスケルトン。

もう、どんな人が着ていたのか想像できないパンクな着物

 

こんな端裂も。

雪の結晶柄がジャカードで施されたシルク生地に、スカルのプリント。

100年くらい前の物。

スーパーかっこいい生地。

 

こんな感じの物を、毎週30種類づつ、2週間に分けて展示します。

お楽しみに。

 

そして会場でお買い物もできるよう、仕込んでます。

例えば…

 

京友禅のドクロプリントハワイアンシャツ

もちろんシルク。

10年以上前に作った生地が発掘されたので、超限定生産。

 

そして他にも…

 

同じく京友禅のドクロプリント、ボーダー柄

これも10年くらい前に作った生地、

当時はプリントミスがあって生産しなかったいわゆる「B反物」なのだが、

シルクで勿体無いし文化継承のためにも形にした方が良いと思い、

再生産。

これも超限定数。

 

また、毎年恒例の浴衣も。

 

これは数年前にロイヤルプッシーとダブルネームで生産した柄を、

色違いで復刻。

いろんな意味で文化継承。

 

さらに会場で楽しんでもらえるように、いろんな仕込みも考えており。

例えばポップ。

こんな「髑髏小話」を随所に貼り出す予定。

全部で10話あるので、見つけ出してみてください。

 

更に、インスタ映えを狙って…

 

手で持って撮影できる「卒塔婆」も用意

これもポップとして使っているので、手に取ってみてくださいまし。

 

 

そしてなんと、やっとバンドワゴンのVol.16も入荷!

当日は現場でも購入できるようにしておこうと思います。

 

では皆様、来週以降原宿キットギャラリーにてお会いしましょう。

 

基本的に私は毎日会場にいる予定ですが…

でも昼飯だったり昼寝だったりでちょくちょく抜ける可能性もあるので、

あしからずご了承くださいまし。

 

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