1ドル紙幣後日譚、ケネディ暗殺。

八月、お盆休み前の金曜日となりました。酒丸です。
サラリーマンの多くは、来週月曜から夏休みらしい。
なので本日出勤後、明日から連休になる人が多い様だ。
ドライボーンズとしては、店は元気いっぱいに営業!
そしてデスクワークメインの本社も、来週火曜までは普通に営業。
その後は、縫製工場さんや運送屋さんが夏休みに入るので休まざるを得ない。
(仕事が進まないからね〜)
そんな一瞬の休息にうってつけなモノが入荷しております。
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ジャーン。
バンドワゴン Vol.6!
創刊準備号であるゼロ号から数えて、早くも7冊目。
色んな連載が詰め込まれているなか、
特に話題が多いのはミクロコスモス。
7冊目にしてやっと全貌が見え始めてきた、という人が多いらしい。
書いてる本人である私は全体のタイムスケジュールを俯瞰しながら書いているので、
あまり気に留めていなかったのだが…
話の内容が前後しているのでややこしくなってしまうらしい。
なのでここで一度、おさらいをしてみようと思う。
ミクロコスモス卵の章/私が生まれてから15歳くらいまでの「卵」みたいな時期の話。
ミクロコスモス幼虫の章:第一齢/中学3年から高校卒業までの、館山在住期間。
ミクロコスモス幼虫の章:第二齢/東京のデパートに就職してから自分の店を出すまでの約5年間。
ミクロコスモス幼虫の章:第三齢/店を開店させてからメーカーとして成り立つまでの約8年間。
ミクロコスモス幼虫の章:第四齢/多店舗展開を始め、ブランドとしてのドライボーンズが伸びた8年間。
ミクロコスモス蛹の章/体調の悪化と日本経済の失速時期である8年間。
ミクロコスモス成虫の章/現在。
みたいな時間軸。
ちなみにまだ幼虫の章の第三齢〜第四齢は資料集めの段階。
次号くらいから始められる予定。
今のうちに全刊通して復習しておいたほうが良いかも。
さて、今日の後日譚は…
「ケネディ暗殺」について書いてみようと思う。
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この件についてアメリカ政府が正式発表するのは2039年と決められている。
その頃には関わった全ての人が物故ということなのだろうが…
関わった「団体」は連綿と繋がっている。


さて。
ではいつものように事件のあらましを説明。
1963年11月22日。
テキサス州ダラスでのパレード中に、
第3代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディが銃撃されて死亡。dry150807take_2.jpg
白昼の事件、
しかも大統領のパレードということでたくさんの人々がいる中で起こった。
(まず、第一にここが見せしめという意味でポイントだと思う)
犯人はすぐに特定され、逮捕された。
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リー・ハーヴェイ・オズワルト。
現場近くの教科書倉庫ビルにいたらしい。
が、この事件はその後も急展開となる。
このオズワルトは翌日、警察内部の地下通路で暗殺された。
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犯人はその場で取り押さえられた。
近所のクラブ経営者、ジャック・ルビー。
この件を追ったウォーレン委員会は報告として…
ケネディ暗殺の実行犯はオズワルドのみ。
そのオズワルドはジャック・ルビーに殺された。
という結論を出して終了となった。
が、その後…
1968年にはケネディ実弟であるロバートも暗殺された。
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アメリカという国家を代表する役職が大統領なのに、
公衆の面前で殺害。
おそるべき「アメリカの闇」
なのでまずはケネディという人物がもたらした「良い面」を紹介。
誰しもが知っている「アメリカンアイビースタイル」の代名詞、
それこそがケネディ大統領。
普段からボタンダウンシャツを着こなし、
ナチュラルショルダー3つボタンのスーツを着用。
オフの日にはグルカショーツにデッキシューズ。
東海岸のエリートを絵に描いたような、洗練された大統領だった。
このアイビーというファッションは1950年代に全米で大流行した。
その大元はアメリカ8大学、通称アイビーリーグから来ている。
ここの学生たちが1920年代に着ていたファッションを、
より洗練して一般向けにしたものがアイビーファッションなのだ。
ボタンダウンシャツやデッキシューズ等、
代表的なアイテムも多いのだが…
洋服屋である私は、作り手として「服のパーツ」が気になってしまうのだ。
それが尾錠、バックストラップともいう。
なのでこの秋には、バックストラップ付きトラウザースも作ってみた。
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バックストラップ部分のアップ。
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更に尾錠そのもののアップ。
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尾錠の写真を見てもらえれば分かるように、
尾錠そのものに役割はない。
ただ、50〜60年代のアイビーアイテムに尾錠はかなりの確率で装備されていた。
トラウザースやベストはもちろんのこと…
ハンチングキャップやサドルシューズ等にも付けられていた。
それだけ流行したということでもあるし、
なにより「20年代への憧れ」という意味合いが大きかったのだと思う。
1920年代は、現在のメンズクロージングは確立された時代。
そしてなおかつ、バックストラップとベルトが共存していた時代でもある。
だからこそ、アイビーにその名残があるのだ。
ドライボーンズの尾錠付きワークトラウザース
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尾錠部分。
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更には、バックストラップ付きデニムワークウエア
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デニムのオーバーオールにも付いている。
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ミリタリーテイストのオーバーオールにも。
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それらの尾錠は、すべてこの形状にしている。
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尖った針金で生地を突き刺して止める、粗野な作り。
この尾錠が洗練されて、アイビーのバックストラップに進化したのだ。
洋服の進化、面白い。
ここでちょっと、アイビーと20年代の話が出たので、
それをケネディ(アイビー)とマフィア(20年代)の話にすり替えてみる。
1920年代、ファミリーと呼ばれていたギャング達を一本にまとめあげた人物がいる。
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メイヤー・ランスキー。
彼はイタリア系、ユダヤ系、アイルランド系のそれぞれの組織を一つにまとめ、
1930年代以降に巨大な犯罪組織を作った。
そして各国との防諜工作や港湾防備の業務を受け持ち、
1950年代にはCIAに急接近していった(CIAも出来たばかりの組織であり、非合法な彼らの裏工作を活用することによって巨大な諜報組織となっていった)。
また、ランスキーはキューバをギャンブル天国に仕立て上げ、
その裏ではヘロインの中継基地としても活用していた。
そして太平洋戦争後の労働組合を仕切っていたのが、
やはりランスキーの仲間だったこの男。
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ジミー・ホッファ。
逆に、50年代に労働組合の腐敗を監視する組織「マクラレン委員会」が発足。
この団体の顧問を務めたのがジョン・F・ケネディとロバート・ケネディの兄弟だった。
ケネディ兄弟はマクラレン委員会を使って労働組合の不正を取り締まり、
全米トラック組合の不正を白日の下に晒した。
つまり、ジミー・ホッファを裏社会から引きずり出しで司法で裁いたのだ。
また同じ頃、カストロ軍によってキューバのハバナが陥落。
ランスキーはヘロインルートと共に、大きな収入源を失ってしまった。
ケネディは大統領選に出馬、キューバ解放(カストロ打倒)を掲げて当選したが…
ケネディが承認したピッグス湾事件(CIAと在米亡命キューバ兵でカストロを狙うが敗退、カストロはソ連の援助を受けて社会主義革命を宣言)ののち、正規軍投入を拒否。
その後、キューバは社会主義化していって、アメリカとは国交が断絶となった。
一般社会はもちろんのこと、裏社会の痛手は大きく、その後の闇の勢力図を一気に書き換える事になってしまった。
またピッグス湾事件の責任を取る形で、作戦を実行した当時のCIA長官であるダレスと副長官であるチャールズ・カベルは更迭された(ちなみに、ケネディ暗殺事件当時のテキサス州ダラス市の市長は、カベルの実弟)。
ケネディ家に痛い目にあわされたマフィア&CIAは、どうやってケネディに煮え湯を飲ませるのか?を考えていたに違いない。
だからこそ大衆の面前で脳みそを吹っ飛ばし「次が出てこないように」始末したのではないだろうか?
執拗に5年後に弟までも暗殺したのは、巨大犯罪組織と巨大諜報組織が手を組んだからではないだろうか?
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極東の島国の2015年。
与党第1党と極右団体の繋がりも、気になるところだ。

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