1ドル紙幣後日譚、イラク戦争。

4月最後の金曜日となりました。酒丸です。
先日の水曜日、久しぶりに晴れたので慣らし運転を決行。
行き先はアバウトながら関越道を攻めようと考えていた。
すると、運良くというか運悪くというか…
私の公休日だったにもかかわらず、
大至急桐生に行かねばならない仕事が入ってしまった。
元々関越道を走って慣らし運転を終わらせようと思っていたので、
それならば桐生で仕事をしつつ、
慣らし運転の代替えにしようと無謀な距離を走ってみた。
まずは儀式を済ませてエンジン始動。
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マフラーからの白煙が確認できる。
ツーストのエンジン始動時は、この白煙が魅力。
シリンダー、ピストン共に新しくしたので色々と不安はあったのだが、
結果的には大成功、素晴らしい走り!
今まではワイセコピストンだったのだが、
今回からはシフトアップに変更。
この方がシリンダーにフィットしている感覚。
関越道の高坂にてランチ休憩。
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この時点では快晴。
レザージャケットを着て出てきたのだが、暑いくらい。
桐生到着後は仕事を済ませた後、
最近「マイブーム」の神社訪問。
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今回は「桐生天満宮」。
鳥居の沓石が長靴調で面白い。
その後、北関東自動車道を戻って関越道に入り、
距離を稼ぐために圏央道から中央道まで抜ける事にした。
そうすれば出発から約400キロ、ほぼ慣らし運転は終了予定。
ところが。
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夜の帳が下りて真っ暗になった圏央道にて、
まさかの豪雨!
写真は中央道石川SAにて雨宿りの図。
久しぶりに「修行レベル」のソロツーになってしまった(汗)
え、そんなバイクネタは必要ない?
いやいや、これを書いておくと、
告知につながるので今回は重要なのだ。
最後に重要な告知があるので見落とさないように。
さて。
では「1ドル紙幣後日譚」を書いてみようと思う。


皆さんから「後日譚」について意見を募集したところ、
一番知りたいと意見が多かったのは「温暖化」だった。
が、次いで2位は「全部知りたい」とのこと。
なので全部の案件について、
「私がわかっているところまで」を書いてみようと思った。
なのでまずは最初の案件、イラク戦争について。
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イラク戦争とは…
2003年、アメリカを主体とした有志連合によって、
「イラクの武装解除問題の違反」に対してイラク侵攻した戦争のこと。
元々は1991年の湾岸戦争後、
イラクに大量破壊兵器の不保持が義務付けられてきた。
イラク側もこれを受け入れていたが、事前勧告による調査から
抜き打ち調査への変更になりそうになったためにフセインが反発。
その後、2001年にはアメリカで911テロが発生。
2002年には当時のブッシュ大統領がイラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだ。
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同時期、イラクと反目していたイスラエルが「イラクは大量破壊兵器を隠し持っている」と訴えた。
武器の査察を拒んだ事に対してアメリカは空爆を開始、
2003年12月にフセイン大統領は拘束され、
アメリカは一方的に勝利宣言。
その後、アメリカを主体にイラクの占領政策がとられる事になった。
ところが。
勝利宣言後、イラクの武器査察に入った調査団からは
「大量破壊兵器は見つけられなかった」との報告。
これについてブッシュは「当時の(CIAからの)情報に間違いがあった」と認めた、らしい。
この流れに、非常に陰謀を感じるのである。
まず…
イラン・イラク戦争、湾岸戦争、クウェート侵攻等を行ったイラクに、
どうしてそれだけ大量の武器弾薬があるのだろうか?
そして、調査団は「いったい何を見つけよう」として、見つけられなかったのだろうか?
考えてもみてほしい。
今や戦争はピンポイントでの攻撃が十分可能。
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このようにレーダーで狙い、
30センチのズレも無く標的に当てられるのだ。
では、アメリカ軍はいったい何を攻撃(爆撃)したのだろうか?
しかもピンポイントで。
冷静に考えれば…イラクが所有しているはずの、
「イラクが所有しているとマズい何か」だろう。
それって…
イラン・イラク戦争の時にアメリカがイラクに加担して所有させた、
大量の武器弾薬(もしかしたら核兵器)なのでは?
それをイスラエルと結託してイラクが脅威のように見せかけて、
証拠隠滅のためにピンポイント攻撃して抹消したんじゃないのか?
一番利益を得たのはアメリカの軍事産業(二重取り)と、
イスラエルの中東支配
そして911後に落ち込んでいた株相場を、
イラク戦争によって一気に回復させたアメリカ富裕層なんじゃないのか?
そして実は一番損をしたのは…
未だに不安定になっているイラクとその周辺国
そしてイラク政府に対しての債権放棄をさせられた日本じゃないのか?
(日本は7100億円もの債権放棄をした)
つまり、日本の金でアメリカ軍事産業を儲けさせつつ、
イスラエルの中東支配を急がせたのでは?
少なくともこういった案件に関しては、
一面だけを見て鵜呑みにしないほうがいい。
アメリカの報道や、
それをなぞった日本の報道だけでは正しい形が見えてこない。
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このイラストは…
右側から見たら四角形、
左側から見たら円形にしか見えない。
でも実は円筒形。
イラク戦争を含めた様々な案件について、
こうやって多方面から見てみる事が重要だと思う。
さて、ここでいきなり入荷情報。
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今年の夏を彩る浴衣が、早くも入荷!
今回は「横縞野晒」という柄で作ってみた。

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色味は、茶系と紺系の二色をご用意
毎年完売してしまうアイテムなので、お早めに。
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写真は当方オリジナルの兵児帯なので、
着付けも実に簡単。
後ろで蝶々結びで、充分に夏を満喫。
角帯の場合は貝合わせ等の結び方で、粋を演出。
そして本邦初公開。
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この浴衣の元ネタとなった羽織裏。
大正時代から昭和初期頃の古着。
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柄のアップ。
かなり忠実に再現できてると思う。
この羽織が着られていた時期は、
先にも書いた様に大正時代から昭和初期にかけて。
実は日本のこの時代に、羽裏や襦袢には「ドクロ柄」が多い。
コレクターとして色々な文献を当たっているのだが、
なかなか真実に行き着かない。
ただし、わかっている事が一つ。
この時代は明治維新後で、日清・日露戦争があった頃。
そして第二次世界大戦前の不穏な時期だった。
国家が不安定になると、
国民も不安になって厭世的になり、
ドクロ柄の様に「死」を連想させるモティーフが増える。
ヨーロッパでドクロアイテムが増えたのは、
17世紀から19世紀にかけて。
相次ぐ革命で国民が不安になっていた時期だった。
アメリカでドクロアイテムがもてはやされた時期は、
実は1980年代。
この頃のアメリカは、ドル安と輸入超過で経済が疲弊、
国民が一斉に不安になっていた時期だった。
湾岸戦争はその直後に発生、
更に911テロがあり、
イラク戦争があった。
そしてその後にアメリカではITバブルが始まるのであった。
さて、ソロツーの話の続き。
実は桐生での話は、大型の別注企画。
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某有名ミュージシャンからの依頼があり、
ステージでも着られるジャケットを製作中。
5月の展示会で、お取扱店様にはお披露目できる予定。
このジャケットは限定生産なので、
その5月の展示会にて発注をもらった数量のみの製作となります。
展示会にてお待ちしております。

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