1ドル紙幣。第63話。

7月、文月の11日となりました。酒丸です。
7月を文月という理由は七夕の短冊に文を書くから、と言われており。
そしてこの7月は…
昭和40年男の連載「昭和40年男の四方山話」が発売され…
ストリートバイカーズの「怒雷暴音図の本棚」は執筆真っ最中、
ライトニングの「傾奇物」は週末までに書き終えねばならず…
更にバンドワゴン Vol.2の連載執筆も重なり…
発狂しそう(大汗)
洋服屋なのに、なぜこんなに文章を書いているんだ、オレ…。
あ、ブログも、だった…。
さて、気を取り直して先週からの続きをば。
先週は…
ナチスの発明を現代に繋がる産業という角度から見てみた。
今週は…
ナチスの迫害を元に、
歴史を前後してみたいと思う。
ここが見えてくると、
色々な事が繋がって見えてくる筈


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もの凄い威圧感…。
ナチスはなぜユダヤ人やスラブ人を迫害したのか?
これは一般的には「アーリア人の優生」を実行に移したと言われているのだが…
本当はそういった事ではないと思う。
そして、実際に「アーリア人の優生」を解いたのは、
1900年代初頭のフランス人であり…
そもそも「アーリア人」という定義そのものも曖昧だったのだ。
ではなぜナチスはそれを実行したのか?
単純に答えれば「政治利用」したのだ。
ドイツは第一次世界大戦で敗北、
法外な賠償金を負わされ、貿易や軍備も制限された。
相当なインフレに陥り、
パン一切れを買うのに台車いっぱいの札束が必要だったらしい。
大変な損害を負わされたドイツ国民は、
何処かに怒りをぶつけねば済まなくなっていった。
ひとつは外敵であるイギリス・フランスなど第一次世界大戦の戦勝国、
そしてもうひとつは内部にいたユダヤ人。
それまでユダヤ人はヨーロッパ各国で迫害され続けており、
比較的穏健だったワイマール憲法下のドイツに移動していた。
そしてドイツで経済活動を行い、
多くの所得を手にしていたのだ。
(この件については今後、もうちょっと詳しく書く予定)
なので「ユダヤ人排斥を訴えたナチス」に大量の票が入り、
第一党になっていったのだ。
政治公約を実行する事が、
大量虐殺へと繋がっていったのだ。
曖昧な「仮想敵」を作り上げて政権を取り、
実行支配していったのだ。
詳しくは…
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この本や映画を観てみよう。
幼い女の子から見た視点には、
忍び寄る恐怖がぞわぞわと伝わって来る。
ナチスはユダヤ人に対して…
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服にこんな六芒星のマークを付けさせた。
人間を人種や宗教で括る事の恐ろしさ、
括られる事の恐さは想像を絶する。
日本人の場合…
「そもそも、なぜユダヤ人は迫害されてきたのか?」
が解りにくい。
キリスト教とユダヤ教、イスラム教の確執が理解しないと見えて来ないのだ。
これは紀元前3000年前から繋がる長い歴史の闇
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つまりエジプト・ファラオの時代にまで遡る事になるのだ。
また、ナチスのユダヤ人迫害を受けて…
この人もドイツからアメリカへ亡命。
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物理学者のアルベルト・アインシュタイン。
そして彼は亡命後の1939年、
物理学者の立場から、
当時のルーズベルト大統領に「新たなエネルギーの提案」を行なった。
ウラン元素である。
この提案を元にアメリカ軍はウラン原子力炉の研究に着手することになる。
その後の1941年には原子爆弾の研究製造に進むのだが…
これはまたいつかの機会に。
さて、ここで一旦コマーシャル。
新作のプリントT-Sのお知らせ。
まずは「ダイヤモンドフリー」!
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そして「キャブトン」!
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更に「メイハツ」!
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第二次世界大戦後の1950年代から60年代初期にかけて、
敗戦国日本の経済を支えた数多くのオートバイメーカー。
それらの意匠をリスペクトし、T-Sにしてみた。
鈴木自動車工業(現スズキ)のダイヤモンドフリー号、
みずほ自動車製作所のキャブトン号、
明石発動機(現カワサキ)のメイハツ号、
それぞれの当時のエンブレムデザインをプリント。
これらの事に付いては、
詳しく7/24発売のストリートバイカーズの連載で書く予定。
すべて¥4,500+TAX。
(ネットショップへのアップはもうしばらくお待ちを)
さて。
ナチスはユダヤ人とは別に、スラブ人も迫害。
スラブ人とは東ヨーロッパ、
つまりウクライナやポーランド、
グルジアやアルメニア等のエリアに当たる。
なぜ彼らをも迫害したのか?
これが解ると、実はココに繋がってきたりする!
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そう、皆さんご存知のクリームソーダである(驚)
ナチスはアーリア人の優生を楯に、
東ヨーロッパにも侵略、
スラブ人を迫害した。
が、これはあくまで国内向けの政権維持のため。
実は…貿易封鎖されていたので石油が足らなくなっていたのだ。
戦闘機や戦車を動かす為に必要不可欠な石油。
この強奪手段は東欧進出だったのだ。
ではこれがなぜクリームソーダと繋がるのか?
実はナチスは…
政権交代の時点で燃料が足らなくなる事は解っていた。
そこで、科学技術に秀でていたこの国家は、
国内で豊富に採掘できる石炭を元にガソリンを作っていたのだ!
先にも書いた様に、第一次世界大戦で貿易を制限されていたドイツ。
当然、輸入に頼っていた石油も制限された。
また、その後の世界恐慌で経済的にも大きな打撃を受け、
全品自給自足型国家を目指したのだ。
そして石炭から石油を作る事には成功した。
が、コストが掛かり過ぎてナチス政権そのものを圧迫してしまった。
なので結果としてコーカサス油田強奪へと動いたのである。
そして…
ドイツが石炭から石油を生成できたという情報を、
いち早く知ったのが…
当時の枢軸国のひとつであった日本だった。
当時の日本もドイツとほぼ同じ状況に追いつめられており…
本来南方から輸入する筈だった石油は連合国側に押さえられてしまっていた。
(それ以前に、だからこそ満州進出もあったのだが)
当時の日本では、
石炭は多く採掘出来ていた。
そこでドイツに倣って「石炭から石油を作る」という事になり、
白羽の矢が当たった場所が、北海道の滝川地域だった。
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第二次世界大戦中に、
滝川では巨大なプラントが作られた。
そして…
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ついに石油が完成していたのである。
ところが、やはりコスト的に問題もあり、
それよりも早々に敗戦となった為に量産はほとんど出来なかったようだ。
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が、敗戦後も燃料が必要だった事には変わらない。
九州築豊地域と並んで活況を呈した滝川エリア。
戦後は…機関車はもちろん、
自動車も石炭車があり、
石炭は依然「黒いダイヤ」だった。
1955年、
そんな石炭に依る好景気の町に産まれたのが、
クリームソーダの山崎さんだったのだ。
今週はこれまで!

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