1ドル紙幣。第46話。

2月第3週の金曜日になりました。
酒丸です。
今週は、福岡店、大阪店、名古屋店と出張で廻っておりました。
まずは月曜の夕方、福岡店へ。
dry140221take_1.jpg
当日の福岡は、豪雨!
そんな中、
偶然にもオイラの地元の後輩が九州入りしており、
夜中に合流。
愉快な福岡ナイト。
明くる日、バタバタと仕事を済ませて大阪へ。
dry140221take_2.jpg
なんだかんだで店に到着したのは夕方遅く。
その後、スタッフと飲みに行き、その後は夜の営業。
BANDWAGONを置いてくれる店を2軒も開拓!
翌日、朝イチで生地屋さんと打ち合わせをしてから名古屋へ。
dry140221take_3.jpg
名古屋店スタッフとも夜の会食。
流石に疲れてその夜は徘徊無し。
朝は名古屋店にて、アンナと一緒に接客。
dry140221take_4.jpg
携帯の充電コードを忘れちまった(汗)
まあ、なにはともあれ…
各エリアで会えた皆様、有り難うございました!
会えなかった皆様、また次回お会いしましょう!
では…先週からの続き。
先週から「陸軍中野学校」の話になったので、その続きから。


先週から書き始めた「陸軍中野学校」とは、
その名の通り日本帝国陸軍が始めた学校である。
その教科とは、主に「諜報」
つまり敵国(自国も含む)内で戦時中に自国を有利にする為に
活動する内容を教えていった、スパイ養成学校だ。
この学校の教科は、それまで日本には存在していなかった。
第二次世界大戦(満州事変)は近付くに連れ、
軍幹部内での必要性から興された学校だった。
実は日本には、明治から大正に掛けて優秀なスパイが存在していた。
最終的に陸軍大将にまで上り詰めた「明石元二郎」である。
dry140221take_5.jpg
彼は福岡県に生まれ、
陸軍士官学校、陸軍大学校を卒業後、
フランスやロシアの公使館武官に付いた。
その時、日英同盟に基づいた情報協力により、
イギリス秘密情報部のシドニー・ライリーと友人となった。
彼と共にロシア内で諜報活動を始め、
結果的に日露戦争を勝利に導いた
今でも…
常識的に考えて大国ロシアと日本では、
明らかに戦闘力に差がありすぎる。
ではなぜ「日本はロシアに勝てたのか?」
それは…この明石大佐(当時の階級)がいたからといわれている。
彼が現地で行なった「諜報活動」によって、
日本は大国ロシアに勝てたのだ。
例えば…
当時ロシアが支配していたポーランドやフィンランドに赴き、
その地の有力者と仲良くなってロシア政府に対して
謀反を仕掛ける様に働きかけたりしていたのだ。
日露戦争で日本が勝てたのは、
日本が強かったからというよりは…
ロシアの内部崩壊が原因であり、
しかもそれを企てていたのは
一人のイギリス人と一人の日本人だったのだ!
当時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は、
「明石元二郎一人で満州の日本軍20万人分の戦果を上げている」
と讃えたらしい。
また、シドニー・ライリーも「忍者的諜報員」と呼ばれる強者だった。
「諜報活動こそ、男子が一生を傾けるに足るスポーツである」
という考え方を持った、元祖007的な人物であった。
彼は後にソビエト連邦の高官となり、
トロツキーの私室などからも自由に機密文書を盗み出しては
イギリスに送ったりしていた。
帰英後にソ連からスパイだと知られ、
その首には懸賞金まで掛けられたらしい。
陸軍中野学校とは、そんな「第二の明石大将」を
育てるべく作られた学校だったのだ。
ちょっとここでコマーシャル。
先週は1920年代調のジーンズを紹介した。
今週は…より遡って1800年代のジーンズを紹介したい。
それがこれ。
ゴールドラッシュ・ウエストオーバーオールズ。
dry140221take_8.jpgdry140221take_9.jpg
写真を見てもらえれば解る様に…
かなり「ワイド」である。
これは名前の由来通り、
ゴールドラッシュ時にオーバーオールの様に着用した作業着という設定。
なので「胸当てが無いオーバーオール」と考えてもらえれば早い。
サスペンダーで吊る事で運動量を確保。
右側のみポケットが付く。
dry140221take_10.jpgdry140221take_11.jpg
古臭さを演出すべく、コインポケットは敢えてベルトの上に。
一応現代でも穿き易い様にベルトループは付けておいたが、
当時はまだベルトが無かった時代。
紐などでは縛っていたりした様だ。
後ろポケットは大振りな物が1つのみ。
リベットで補強されている。
dry140221take_12.jpgdry140221take_13.jpg
一番のデザインポイントは、バックセンターのV字カット
ここが開いている事でウエストサイズに余裕が出るため、
オーバーオールと同じゆとりが産まれる
この部分には尾錠も付くのでサイズ調整も可能。
ベルト裏には白いスレキを使用
これはインナーのトラウザースやシャツを汚さない為の配慮
dry140221take_14.jpgdry140221take_15.jpg
サスペンダー釦は、廻りに装飾が入った物を使用。
フロント釦は月桂樹のレリーフ。しかも2本爪バージョン。
どちらも錆が出て来ている加工を施してある。
dry140221take_16.jpgdry140221take_17.jpg
1800年代は、まだ力織機が産まれて間もない時代。
なので当然、セルビッチ付きデニムが使われていた筈。
ウエスト裏にはサイズの刻印。ミリタリーの様な面構え
ドライボーンズとしては珍しく、36インチまで展開
さて、陸軍中野学校の話に戻る。
そんな学校なので…先生も錚々たるメンバーだった。
中でも異色な人物は、この人。
dry140221take_6.jpg
甲賀流忍術第十四世の「藤田西湖(本名は勇治)」。
なんと、昭和初期まで甲賀流忍術は現存していたのである!
忍者とは…
鎌倉時代から江戸時代初期の戦乱期の日本に於いて、
領主や大名に仕えて諜報活動や暗殺などを行なって来た、
いわば「スパイの元祖」のような職業である。
江戸時代にはいって平和な時代が300年も続いた時には、
まるでおとぎ話用な存在にすらなっていた。
dry140221take_7.jpg
この絵は歌川国芳が描いた戦国時代の忍者である「児雷也」。
当時は最早「想像で誇張して描くしか無かった忍者」が、
実は連綿と受け継がれていたのだった!
dry140221take_18.jpg
恐るべし、陸軍中野学校…。
続きはまた来週!

Leave a Reply