古きを訪ねて新しきを作り、次世代に繋ぐ。その22

 五月も後半になり、暑くなる日が増えてきた。

今年も相変わらず「大正時代を意識したハワイアンシャツ」を作ったので、今日は改めてその時代背景と柄の説明をしてみようと思う。

 

 まずは大正という時代をざっくりおさらい。

大正時代とは1912年から1926年までの約14年間。

非常に短いが激動の時代だった。

江戸幕府から大政奉還、明治新政府が樹立したのは1860年代末期。

つまり大正時代が始まるほんの50年ほど前。

その明治時代に開国し、日清・日露戦争を経験。

大正時代に入ってからすぐに第一次世界大戦に参戦。

関東大震災が起こって大正時代が終わり、昭和へ。

昭和に入ってすぐに満州事変、太平洋戦争へと流れていく。

戦争に次ぐ戦争、そして天変地異と激動の時代なのだ。

 

 この時代をよく知る為には、当時の資料を読み返してみるのも重要。

私は「大正時代を意識したハワイアンシャツ」を、もう十年近く続けているが…

最初に当時のことを勉強するために読み込んだのがコレ。

滑稽新聞。

宮武外骨という当時のジャーナリストが出版していたいわゆる「週刊誌」的なもの。

この内容が、反政府・反官僚であるにもかかわらずエロ・グロ満載でかなり面白い。

こういった当時のリアルな空気感を勉強することで、商品に文化的な厚みを出したかったのだ。

 

 この時代のファッションは「モボ・モガ」に代表されるように、和装から一気に西洋化した。

この写真、戦前の自動車と相まって、かなりかっこいい。

モボ・モガの時代とはいえ、女性は着物と洋装が半々くらいだったらしい。

男性はというと…

やはり着物と洋装が半々くらい。

しかも洋装といってもジャケット・スラックス。

山高帽とロイドメガネが象徴とされてはいたが、履物は下駄や草履がメイン。

ハワイアンシャツなんて、まだまだ未来の話。

 

 

 では当時のペット状況を見てみよう。

江戸時代から犬や猫は自宅で家族同然に飼われていた。

また「食の西洋化」もあり、一時的にウサギがペットとして大流行したこともあったそうな。

そして1900年ごろ、世界的に流行した事がこれ。

テレビ番組の「逃走中」などでも出てくる、怪しいマスク。

これは実はペストを防ぐマスクとして開発され、ヨーロッパで大流行したアイテム。

ペストの原因は…

そう、ネズミ。

そして大正時代は「ネズミ駆除」の名目でネコの飼育が奨励され、爆発的に「ペットのネコ」が増えたのだった。

 

 そういった流行は、たちまち「モボ・モガ」の流行にも落とし込まれていく。

半分しか洋装しなかった女性達。

残り半分は和装なのだが、「柄に洋装の流行」が落とし込まれ、ネコ柄の襦袢などが多く作られた。

こうして「大正時代のネコ柄着物生地」を手に入れた私は、さっそくそれを1950年代調のハワイアンシャツに落とし込んでみた。

それがこのハワイアンシャツ“CAT”

仔猫がネズミを捉えて遊んでいるの図。

接写。

グリーン地には黒猫と白猫、

ブラック地には白猫と茶猫、

ホワイト地には黒猫と茶猫。

みんな、ネズミを追いかけている。

そしてこれが、大正時代の着物生地(子供用ねんねこ)。

赤地はいかにも子供っぽかったので作ることを避けた。

この写真では黒猫しかいないように見えるのだが…

上部の黒猫の隣に、ぼやっとアルファベットの「Y」みたいな柄が見える。

この生地を発見した時には気づかなかったのだが、どうやらこれは「首輪」のよう。

なので虫メガネでよーくよーく観察してみると…

「白猫の首輪」だと判明。

最初に赤でシルクを染め、その上から黒と白の「顔料」でプリントしていたのだ。

それがこの約100年の歳月で白の顔料だけが剥がれ落ちてしまい、痕跡だけが残ったのだった。

ある意味では、奇跡の発見からの「仔猫柄ハワイアンシャツ」誕生となった。

ちなみに長袖バージョンはこちら

 

 

 その次には、明治から大正にかけての激動について。

明治27年(1894年)、日本が清に宣戦布告し、日清戦争が勃発。

明治37年(1904年)、日本がロシアに宣戦布告し、日露戦争勃発。

大正3年(1914年)、オーストリアがセルビアに宣戦布告。第一次世界大戦勃発。

同じ年の8月に日本がドイツに宣戦布告、第一次世界大戦に参戦。

この第一次世界大戦は…実は今までの戦争とは全く違うものになった。

産業革命後初のヨーロッパを主戦場とした大規模な戦争で、武器や重火器が飛躍的に進化したのだ。

戦車や飛行船という、全く新しい殺戮兵器の登場により数百万人が犠牲になっていった。

そして大正9年(1920年)、株価の暴落により戦後恐慌が始まり…

大正12年(1923年)、関東大震災。

昭和3年(1928年)張作霖爆破事件。

昭和4年(1929年)ニューヨーク株の大暴落による世界大恐慌。

昭和6年(1931年)満州事変勃発。

昭和11年(1936年)2・26事件。

昭和12年(1937年)盧溝橋事件。

昭和14年(1939年)ドイツがポーランドに進撃、第二次世界大戦勃発。

昭和16年(1941年)日本軍がハワイ真珠湾を攻撃、太平洋戦争勃発。

約半世紀の間に、一気に日本が、世界が戦争と災害に飲み込まれていった。

そんな世相を写し取るかのように、洋装の陰に隠れた和装用生地にも「不安感」が柄に反映してくる。

この50年間に、日本の着物に多くの「ドクロ」や「地獄」「妖怪」が描かれるようになっていったのだ。

 

 そんな柄の一つを、今年も制作。

題してハワイアンシャツ“一休説法”

柄のアップ。

室町時代の僧侶である「一休」は毎年正月になると…

杖の先にドクロを括り付け「人は死ねばみんなドクロになる。ご用心ご用心。」と練り歩いたという。

そういった退廃的な「言い伝え」を、大正時代の人たちは羽織の裏や長襦袢など「着物を着た時に見えなくなる部分」に付け、魔除けとしたのだ。

これが本物の、大正時代の布。

まだ着物に縫製される前の、シルクの羽二重。

杖やドクロ、経文や三度笠も柄に落とし込まれた。

一休が描かれていなくとも、当時の人は一休の教えだと理解したのだ。

ちなみに長袖バージョンはこちら

 

 

 

 

 

 ミサイル攻撃によるアラートや官僚の横暴など、世相が大正時代に似てきている今の日本。

護身用にドクロを身につけるべき、と発想するのはむしろ自然な流れなのかも。

 

 

 

 そしてここで一大発表が!

6/3日曜日に、名古屋店は13周年を迎えて「振舞い酒イベント」を開催

が、その日は忙しく行かれないという方のために…

今週末から名古屋店店内に置いて「酒丸のドクロ柄着物コレクション展示即売」を開催!

私の大正~昭和初期のドクロ柄着物コレクションを、まとめて見られるビッグイベント!

この週末は名古屋店に急げ!!

 

尚、このイベントは7~8月にかけて福岡店・大阪店にも移動します!

お楽しみに!

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